植物園にて(part2)

うららかな太陽の光が差し込む昼下がりの午後───
僕は彼女たちと待ち合わせをしている駅前の広場に向かうため、全力で走っていた。
───しまった、完全に遅刻してしまった!
僕は腕に巻いたデジタル時計を一瞥すると、さらに走るスピードを上げた。そのかいがあり、20分かかるところを10分で広場にたどり着くことができ、30分の遅刻を20分に縮めることができた。
待ち合わせの場所となっている広場に入ると、そこには同じ顔をしたふたりの少女が待っていた。そう、彼女たちは双子で、左側にいる四角の眼鏡をかけた少女が千草初、右側にいる丸い眼鏡をかけた少女が千草恋という。
「遅くなってごめん」
「い、いえ、私たちも今、来たところですから・・・」
僕が声をかけると、初はおどおどしながら答えた。
「は、はい、だから、気にしないでください・・・」
恋も初と同じような素振りを見せる。
「ほんとにごめんね。それじゃあ、行こうか」
『は、はい・・・』
初と恋は緊張した面持ちで僕のあとに続いた。
僕たちが向かった場所は、駅前から出ているバスに乗り、20分ほどのところにある植物園だった。
園内には、四季折々の花や草木に満ち溢れ、和やかな空気に包まれていた。
僕たちは自然の香りが漂う歩道をゆっくり歩いた。
「あ、あの・・・」
僕の後ろを歩いていた初が恐々と声をかけてきた。
「ん、どうしたの?」
「い、いえ、やっぱりいいです・・・」
初はそう言って視線を落とした。
「何か言いたいことがあるなら、遠慮せずに話してよ」
僕の言葉に初が顔を上げる。
「・・・あの・・・その・・・」
何か言おうとしているのだが、内気な性格のせいかなかなか言葉が出ない。
「その・・・あの・・・実は私たち、あそこに咲いている花を見たいのですが、やっぱり駄目ですよね・・・ごめんなさい・・・」
初はおどおどしながら何度も頭を下げた。
「ああ、あそこって手前の花壇に咲いている花だよね。それじゃあ、一緒に見に行こうよ」
「え、あ、あの、本当にいいんですか?」
「あ、あの、本当に嫌じゃないんですか・・・もし、嫌なら私たちは見なくてもいいです・・・」
初が口もとに手を当てて尋ねると、隣にいた恋も同じ仕草を見せた。
「もちろん、いいに決まってるよ。花を見るためにここに来たんだから」
僕は双子の姉妹に向かって微笑んだ。
『あ、ありがとうございます・・・』
初と恋は同時に頭を下げた。
彼女たちが見たいという花は、乳白色の小さい花で、花壇の中をところ狭しと咲き乱れていた。
「恋ちゃん、いつ見ても綺麗な花よね・・・」
「そうね、初ちゃん・・・」
初と恋は、穏やかなまなざしを小さな花に送っていた。こういうところは、いかにも女の子らしいと僕は思った。
「ふたりは本当に花が好きなんだね」
「ええ、花を見ていると心が落ち着くんです」
恋が答える。
「ちなみにこれってなんていう花なの?」
「これはスノードロップといいます。ヒガンバナ科の小球根植物で、花言葉は・・・」
恋は急に口をつぐんだ。
僕はそんな彼女の素振りに、おやっと思った。
「どうしたの?」
「え、え、あ、あの・・・」
恋は顔を真っ赤にさせてうろたえた。
「初ちゃん・・・」
助けを求めるような視線を同じ年の姉妹に送る。
「え、えと、その、スノードロップの花言葉は・・・その、あの、初恋のためいきというんです・・・」
恋の代弁を果たした初も、顔を同じくらい紅潮させた。
何故、そんなふうになったのか僕には皆目見当がつかなかった。
「そうなんだ。ふたりとも、花のことに詳しいんだね」
「い、いえ、それほどでもないと思います・・・」
恋がそう言って首を横に振ると、初も同じ仕草を見せた。
「わ、私たちが知っていることなんて、たいしたものではありません・・・」
「そんなことないと思うよ。僕は花のことはまったく分からないから、よかったらいろいろと教えてよ」
僕は交互にふたりを見ながら言った。
「え、あ、はい・・・私たちでよければ喜んで・・・」
「少しでもあなたのお役に立てるよう頑張ってみます・・・」
初と恋は控えめな笑みを浮かべて答えた。
これが僕に見せた初めての笑顔だった。