植物園にて(part3)
───これなら予定どおり5分前にはたどり着くな。
私は腕に巻いたデジタル時計を一瞥して時間を確認すると、駅前の交差点の横断歩道を渡った。
そして、計算どおり5分前に待ち合わせの場所となっている広場に入ると、そこにはすでに同じ顔をしたふたりの少女が待っていた。そう、彼女たちは双子で、左側にいる四角の眼鏡をかけた少女が千草初、右側にいる丸い眼鏡をかけた少女が千草恋という。
「すまない、待たせてしまったようだな」
「い、いえ、私たちも今、来たところですから・・・」
私が声をかけると、初はおどおどしながら答えた。
「は、はい、だから、気にしないでください・・・」
恋も初と同じような素振りを見せる。
「そうか。それじゃあ、さっそく行こうか」
『は、はい・・・』
初と恋は緊張した面持ちで私のあとに続いた。
私たちが向かった場所は、駅前から出ているバスに乗り、20分ほどのところにある植物園だった。
園内には、四季折々の花や草木に満ち溢れ、和やかな空気に包まれていた。
私たちは自然の香りが漂う歩道をゆっくり歩いた。
「あ、あの・・・」
私の後ろを歩いていた初が恐々と声をかけてきた。
「ん、どうしたの?」
「い、いえ、やっぱりいいです・・・」
初はちらりと右手の方を見たあと、視線を落とした。
「・・・あの花が見たいのか?」
私は、彼女が最初に見た方向に淡い黄色をした四弁の花が咲いている花壇があることに気づき、確認の意味を含めて尋ねた。
「・・・あ、は、はい、そうです・・・でも、やっぱり駄目ですよね・・・ごめんなさい・・・」
初はおどおどしながら何度も頭を下げた。
「見たければ、好きなだけ見ればいい。だいいち、花を見るためにここへ来たのだから、私の許可など必要ない」
「え、あ、あの、本当にいいんですか?」
「あ、あの、本当に嫌じゃないんですか・・・もし、嫌なら私たちは見なくてもいいです・・・」
初が口もとに手を当てて尋ねると、隣にいた恋も同じ仕草を見せた。
「嫌なら最初からここに来たりはしない。だから、遠慮せずにおまえたちの見たい花を見ればいい」
私がそう言うと、ふたりは安堵の表情を浮かべた。
『あ、ありがとうございます・・・』
初と恋が同時に頭を下げる。
彼女たちは花壇のそばに近づくと、じっとその花を観察した。
「恋ちゃん、いつ見ても綺麗な花よね・・・」
「そうね、初ちゃん・・・」
穏やかなまなざしを小さな花に送る。こういうところは、いかにも女の子らしいと私は思った。
「その花は待宵草だな」
「え、この花のことを知っているんですか?」
私の言葉に、恋が驚きの表情を見せた。
「ああ。この花は一般的に月見草といわれていて、確か南米の原産で、江戸時代末期に日本に渡ってきた帰化植物だったな」
「すごい、そこまで詳しく知っているなんて・・・」
恋は尊敬のまなざしで私を見た。
「あの・・・それじゃあ、この花の花言葉も知っているんですか・・・?」
恋の隣にいた初が顔を赤らめながら尋ねた。
「花言葉は確か『ほのかな恋』だったな。ふたりは花言葉に興味があるのか?」
「あ、えっと、はい・・・」
代表して恋が答える。
「そうか。それなら、ふたりが花を見ることが好きなのも納得できるな」
「あの、博幸さんも花が好きなんですか?」
初が尋ねる。
「ああ、少なくとも嫌いじゃない。男の自分がこんなこと言うのは、やっぱりおかしいか?」
「いえ、そんなことはないです・・・」
初は首を横に振って答えた。
「よかった・・・あなたも私たちと同じで・・・」
恋はそう言ってはにかんだ。
「今日は時間の許すかぎり、ゆっくりいろんな花を見て回ろう」
『はい』
初と恋は控えめな笑みを浮かべてうなずいた。