植物園にて(part1)
俺は彼女たちと待ち合わせをしている駅前の広場に向かうため、全力で走っていた。
───しまった、完全に遅刻してしまった!
俺は腕に巻いたデジタル時計を一瞥すると、さらに走るスピードを上げた。そのかいがあり、20分かかるところを10分で広場にたどり着くことができ、30分の遅刻を20分に縮めることができた。
待ち合わせの場所となっている広場に入ると、そこには同じ顔をしたふたりの少女が待っていた。そう、彼女たちは双子で、左側にいる四角の眼鏡をかけた少女が千草初、右側にいる丸い眼鏡をかけた少女が千草恋という。
「遅くなってごめん」
「い、いえ、私たちも今、来たところですから・・・」
俺が声をかけると、初はおどおどしながら答えた。
「は、はい、だから、気にしないでください・・・」
恋も初と同じような素振りを見せる。
「今度は寝坊しないよう気をつけるよ。それじゃあ、行こうか」
『は、はい・・・』
初と恋は緊張した面持ちで俺のあとに続いた。
俺たちが向かった場所は、駅前から出ているバスに乗り、20分ほどのところにある植物園だった。
園内には、四季折々の花や草木に満ち溢れ、和やかな空気に包まれていた。
俺たちは自然の香りが漂う歩道をゆっくり歩いた。
───それにしても、あのふたりは、どうしてあんなに離れて歩くんだ?
俺は、背後から恐々とついて来る双子の姉妹をちらりと一瞥した。これではまるで親ガモと子ガモのようだ。
「ふたりとも、そんなに離れて歩くことはないだろ」
俺は立ち止まって振り返った。
「え、あ、あの・・・」
俺の言葉におろおろする初。
「そ、それはその・・・」
恋の同じようにうろたえている。
「もしかして、俺のことが怖い?」
「い、いえ、そんなことはありません・・・ただ、その・・・私たちがあなたの隣を歩くと迷惑になるかと思ったので、それであなたの後ろについて歩こうと決めていたんです・・・」
恋が緊張したような面持ちで答える。
「そんなことで、迷惑だなんて思わないよ。ほら、せっかくのデートだから、腕でも組んで歩こうぜ」
『え・・・!?』
俺がそう言うと、恋と初は驚きの表情を浮かべた。
「ど、どうしよう、恋ちゃん・・・」
「どうしようって言われても・・・」
互いに顔を見合わせて困惑する。
「あ、あの・・・その・・・ほ、本当に・・・よろしいんでしょうか・・・?」
初は信じられないといった感じのまなざしで俺を見た。
「当たり前じゃないか。嫌だったらこんなことなんて言わないさ」
俺は彼女たちを安心させるように笑って答えた。
「え、えと・・・ほ、本当に・・・本当にいいんですよね・・・?」
念を押すように尋ねる。
「ああ。いいとも」
「そ、それじゃあ、お言葉に甘えて・・・」
初は恐る恐る俺のそばに近づくと、ぎこちない動きで俺の右腕に自分の左腕を絡めた。
「あ、あ、あの・・・わ、私もあなたと腕を組んでもいいんですか・・・?」
「もちろんさ。俺は君たちと腕を組んで歩きたいんだ」
「そ、そんな、恥ずかしい・・・で、でも、とても嬉しいです・・・」
恋は顔を真っ赤にさせてうつむいた。
「それじゃあ、私もお願いします・・・」
恋は、空いている俺の左腕にそっと腕を絡ませた。
「あなたとこうして腕を組めるなんて夢みたいです・・・夢じゃないですよね・・・?」
「ああ、夢なんかじゃないさ」
「よかったあ・・・夢じゃなくて・・・」
初は安堵のため息をついた。
「私、すごく幸せです・・・なんか頭がぼお~っとして倒れそうです・・・」
「ち、ちょっと、恋ちゃん。本当に倒れたりしたら駄目だぞ」
俺は思わず慌ててしまった。他の女性ならともかく、彼女だったら本当に倒れてしまうかもしれないと思ったからだ。
「は、はい・・・倒れないように気をつけます・・・」
頼りない返事が俺の不安をいっそう強くした。
───これからもデートするたびに、こんな調子になるんだろうな・・・まあ、大変かもしれないけど、これはこれで面白くていいかもしれないな。
俺は先のことを想像して、思わず苦笑をもらした。