公園でのデートにて(part2)
僕は彼女たちと待ち合わせをしている駅前の広場に向かうため、全力で走っていた。
───まずい、完全に遅れてしまった!
僕は腕に巻いたデジタル時計を一瞥すると、さらに走るスピードを上げた。そのかいがあり、20分かかるところを10分で広場にたどり着くことができ、30分の遅刻を20分に縮めることができた。
待ち合わせの場所となっている広場に入ると、そこには同じ顔をしたふたりの少女が待っていた。そう、彼女たちは双子で、左側にいる大人しそうなツインテールの少女が姉の白鐘双樹、右側にいるややきつい顔つきをしたストレートヘアの少女が妹の白鐘沙羅という。顔は同じだが、対照的な雰囲気を持っている姉妹である。
僕が彼女たちのもとにたどり着くと、沙羅がずいっと詰め寄った。その顔には、明らかに怒りの感情が込められていた。
「何をやっているんだ、おまえは。双樹をあんなに待たせるなんて」
「ご、ごめん・・・」
僕は沙羅の剣幕に押され、慌てて謝った。
「沙羅ちゃん、そんなにおにいさんのことを責めないで。双樹はおにいさんが来てくれただけで十分嬉しいから」
「双樹・・・」
沙羅は双樹を一瞥したあと、キッと僕を睨みつけた。
「おまえ、今日は双樹に免じて許してやる。そのかわり、今度約束の時間に遅れたりしたら絶対に許さないからな!」
「う、うん、今度から気をつけるよ」
僕は神妙な面持ちで答えた。
「もう、沙羅ちゃんったらそんな言い方したら駄目だよ。おにいさんだって、好きで遅れたわけじゃないんだから。おにいさん、沙羅ちゃんの言ったことは気にしないでください」
すかさず双樹がフォローを入れる。彼女の言葉に僕は救われるような気持ちになった。
「ありがとう、双樹ちゃん」
「どういたしまして。それじゃあ、おにいさん、今日1日よろしくお願いします」
双樹は微笑みながら頭を下げた。
「こちらこそよろしく」
僕もつられて同じように頭を下げた。
「・・・」
隣にいた沙羅は、そんな僕たちを黙って見つめていた。
僕たちが向かった場所は、駅前のそばにある公園だった。この場所を選んだのは、双樹の希望によるものである。
たおやかな陽光が降り注ぐ園内は、和やかな空気に包まれ、とても心地よかった。
───今日は天気がいいからすごく気持ちいいな。
僕は好天を与えてくれた空の神様に感謝した。
「おにいさん」
とそのとき、双樹が控えめな口調で話しかけてきた。その顔には緊張の色が浮かんでいる。
「どうしたの?」
「あの・・・その、おにいさんと手をつなぎたいんだけど、駄目かな?」
「え、あ、えっと、いいよ」
突然のことに僕は少し戸惑いながら彼女の頼みを了承した。
「ありがとう、おにいさん!」
双樹は心底嬉しそうな顔をしながら、そっと僕の手を握った。
そのときだった。
突然、空いていた僕の左手が強制的に握られた。相手はもちろん、沙羅である。
「さ、沙羅ちゃん?」
僕は急な出来事に驚いた。
沙羅は不機嫌そうな顔で僕を睨んでいた。
「双樹がおまえの手を握ったから、私も握ってやる。振りほどいたりしたら、許さないからな」
と言って握った手に力を込める。
「よかった、沙羅ちゃんもおにいさんのことを気に入ってくれて」
双樹は嬉しそうに妹を見た。
「わ、私は別に・・・」
姉の言葉にうろたえる沙羅。
僕はそんな彼女の姿に、疑惑の念を抱いた。
「おい、何ぼおっとしているんだよ。ほら、早く行くよ」
「あ、うん・・・」
僕は沙羅にうながされ、ふたたび歩き始めた。
僕たちはポプラが並ぶ小道をゆっくりとした歩調で歩き、のんびりと散策を楽しんだ。
「こうしておにいさんと一緒に歩けるなんて夢みたいです。双樹はずっとずっとおにいさんの彼女になれたらと思っていたから、実現できてすごく感激しています」
双樹は嬉々とした面持ちで胸のうちを語った。
「僕も双樹ちゃんと沙羅ちゃんと付き合えるようになって嬉しいよ」
僕も笑顔で答える。
「よかった、おにいさんにそう言ってもらえて双樹も嬉しいです」
「・・・」
またもや対照的な態度を見せるふたり。
その直後───
「きゃっ!」
双樹が小石につまずいて転びそうになった。
「双樹!」
「危ない!」
僕は沙羅の声と同時に双樹の前に回りこむと、倒れそうになった彼女の体をしっかりと受け止めた。
「大丈夫、双樹ちゃん?」
「あ、はい。ありがとう、おにいさん」
双樹は小さくうなずくと、顔を僕の胸に当てて目を閉じた。
「おにいさんの胸ってすごくあったかい・・・こうしていると、すごく安心する・・・」
「双樹ちゃん・・・」
「ねえ、沙羅ちゃんもおにいさんの胸に顔を当ててみたらいいよ」
双樹は首だけ沙羅に向けて言った。
「え・・・」
予想外の発言に僕は戸惑いの色を隠せなかった。
「おにいさん、双樹は沙羅ちゃんもおにいさんの暖かさを教えてあげたいの。だから、沙羅ちゃんも一緒にいいでしょ?」
「え、あ、それはその・・・」
僕はちらりとそばにいる沙羅を見た。いくら双樹の誘いでも沙羅がそんな真似をするはずはない。僕はそう思っていた。
「・・・分かった」
「ええっ!?」
僕は思わず間の抜けた声を出してしまった。そうなってしまうのも無理はない。僕にとっては、まさに驚天動地の出来事だったからだ。
「おまえが双樹と抱き合うのは許せない。だから、私もおまえに抱かれてやる」
沙羅は無意識のうちに大胆な発言をすると、双樹の隣に歩み寄り、そのまま僕の胸に体を預けた。
───え、えっと、こういうときはどうすればいいんだろ・・・
ふたりの女の子を同時に抱きしめるという初めての経験に、僕はすっかりうろたえてしまった。
「おい、おまえ。ちゃんと双樹と私を抱きしめていろよ。急に離したりなんかしたら、許さないからな」
「あ、うん、分かった・・・」
僕は慣れない手つきで、双子の姉妹の体を支える。
「どう、沙羅ちゃん。こうしておにいさんの胸ってとてもあったかいでしょ?」
「・・・そ、そう・・・だな・・・」
沙羅は困ったような顔をしながら、消え入りそうな声で答えた。
「・・・おまえって・・・意外と・・・」
「え、何?」
僕は視線を落として、恐る恐る沙羅を見た。彼女は顔を上げて、じっと僕を見つめている。
「いや、なんでもない・・・」
沙羅はぶっきらぼうにそう言って視線をそらした。
「おにいさん、しばらくこうしていてもいいですか?」
「あ、うん・・・」
僕は嬉しさと戸惑いと気恥ずかしさが入り混じった複雑な心境にかられながら、彫像のように体を硬直させ、その場に立ち尽くした。