公園でのデートにて(part1)
俺は彼女たちと待ち合わせをしている駅前の広場に向かうため、全力で走っていた。
───まずい、完全に遅れてしまった!
俺は腕に巻いたデジタル時計を一瞥すると、さらに走るスピードを上げた。そのかいがあり、20分かかるところを10分で広場にたどり着くことができ、30分の遅刻を20分に縮めることができた。
待ち合わせの場所となっている広場に入ると、そこには同じ顔をしたふたりの少女が待っていた。そう、彼女たちは双子で、左側にいる大人しそうなツインテールの少女が姉の白鐘双樹、右側にいるややきつい顔つきをしたストレートヘアの少女が妹の白鐘沙羅という。顔は同じだが、対照的な雰囲気を持っている姉妹である。
俺が彼女たちのもとにたどり着くと、双樹が嬉しそうな笑みを浮かべ出迎えた。
「ありがとう、おにいさん、来てくれて。双樹はとっても嬉しいです」
「ふん、やっぱり来たのか・・・」
一方、沙羅のほうは無愛想な表情を浮かべていた。
「遅くなってごめん」
俺は申し訳なく思いながら謝った。
「そんな、気にしないでください。双樹はおにいさんがこうして来てくれただけで十分嬉しいです」
双樹は屈託のない笑みを見せた。
「それじゃあ、行こうか」
「はい」
「ふん」
素直な返事をした双樹とぶっきらぼうな返事をした沙羅を交互に見て、俺は思わず苦笑いをした。
俺たちが向かった場所は、駅前のそばにある公園だった。この場所を選んだのは、双樹の希望によるものである。
たおやかな陽光が降り注ぐ園内は、和やかな空気に包まれ、とても心地よかった。
───こういうのも悪くないな。
最初はただ散歩するだけというのもどうだかと思っていたが、これはこれで趣がある。
俺は緑が映える芝生や木々を見ながら思った。
「おにいさん」
とそのとき、双樹が控えめな口調で話しかけてきた。その顔には緊張の色が浮かんでいる。
「なんだい?」
「あの・・・その、おにいさんと手をつなぎたいんだけど、駄目かな?」
「ああ。それぐらいお安い御用だよ」
俺は双樹の不安を取り除くように微笑むと、そっと彼女の小さな左手を右手で包み込んだ。
「これでいいかな?」
「うん!ありがとう、おにいさん!」
たちまち双樹の顔に笑みが宿る。
そのときだった。
突然、空いていた俺の左手が強制的に握られた。相手はもちろん、沙羅である。
「沙羅ちゃん?」
俺は急な出来事に驚いた。
沙羅は不機嫌そうな顔をして睨んでいた。
「双樹がおまえの手を握ったから、私も握ってやる。振りほどいたりしたら、許さないからな」
と言って握った手に力を込める。
「よかった、沙羅ちゃんもおにいさんのことを気に入ってくれて」
双樹は嬉しそうに妹を見た。
「わ、私は別に・・・」
姉の言葉にうろたえる沙羅。そんな彼女の姿に、俺は微笑ましさと愛らしさを感じた。
「あ、おまえ、今、笑っただろ?」
「いや。笑ってなんかいないよ」
とは言うものの、俺の顔には自然とこぼれた笑みが浮かんでいた。
「いや、笑っている!言っておくが私はおまえのことなんて・・・おまえのことなんて・・・」
沙羅は顔を真っ赤にさせ、言葉を詰まらせた。
俺は「おまえのことなんて・・・」の続きを聞きたいという意地悪な衝動にかられ、思わず実行しそうになるのを必死にこらえた。そんなことをすれば、沙羅が烈火のごとく怒り、あとが大変になるのは目に見えている。
「フフフ、沙羅ちゃん、顔が真っ赤よ」
双樹が鋭い指摘をする。
「そ、それは・・・歩いていて急に熱くなったんだ・・・」
沙羅は目を左右に泳がせながらしどろもどろに答えた。
「だそうだ、双樹ちゃん」
「フフフ、沙羅ちゃんったら」
俺と双樹は顔を見合わせて笑った。
「・・・」
一方、沙羅は難しそうな顔をしてそっぽを向いた。
俺たちはポプラが並ぶ小道をゆっくりとした歩調で歩き、のんびりと散策を楽しんだ。
「こうしておにいさんと一緒に歩けるなんて夢みたいです。双樹はずっとずっとおにいさんの彼女になれたらと思っていたから、実現できてすごく感激しています」
双樹は嬉々とした面持ちで胸のうちを語った。
「俺も双樹ちゃんと沙羅ちゃんと付き合えるようになって嬉しいよ」
俺も笑顔で答える。
「よかった、おにいさんにそう言ってもらえて双樹も嬉しいです」
「・・・」
またもや対照的な態度を見せるふたり。
その直後───
「きゃっ!」
双樹が小石につまずいて転びそうになった。
「双樹!」
「危ない!」
俺は沙羅の声と同時に双樹の前に回りこむと、倒れそうになった彼女の体をしっかりと受け止めた。
「大丈夫、双樹ちゃん?」
「あ、はい。ありがとう、おにいさん」
双樹は小さくうなずくと、顔を俺の胸に当てて目を閉じた。
「おにいさんの胸ってすごくあったかい・・・こうしていると、すごく安心する・・・」
「双樹ちゃん・・・」
「ねえ、沙羅ちゃんもおにいさんの胸に顔を当ててみたらいいよ」
双樹は首だけ沙羅に向けて言った。
「え・・・」
予想外の発言に俺は戸惑いの色を隠せなかった。
「おにいさん、双樹は沙羅ちゃんもおにいさんの暖かさを教えてあげたいの。だから、沙羅ちゃんも一緒にいいでしょ?」
「え、あ、俺は別に構わないけど・・・」
俺はちらりとそばにいる沙羅を見た。いくら双樹の誘いでも沙羅がそんな真似をするはずはない。俺はそう思っていた。
「・・・分かった」
「え!?」
俺は思わず間の抜けた声を出してしまった。そうなってしまうのも無理はない。俺にとっては、まさに驚天動地の出来事だったからだ。
「おまえが双樹と抱き合うのは許せない。だから、私もおまえに抱かれてやる」
沙羅は無意識のうちに大胆な発言をすると、双樹の隣に歩み寄り、そのまま俺の胸に体を預けた。
「どう、沙羅ちゃん。こうしておにいさんの胸ってとてもあったかいでしょ?」
「・・・そ、そう・・・だな・・・」
沙羅は困ったような顔をしながら、消え入りそうな声で答えた。
「・・・おまえって・・・」
「ん?」
俺は視線を落として沙羅を見た。彼女は顔を上げて、じっと俺を見つめている。
「いや、なんでもない・・・」
沙羅はぶっきらぼうにそう言って視線をそらした。
「おにいさん、しばらくこうしていてもいいですか?」
「ああ、いいとも」
俺は双樹の願いを快諾すると、双子の姉妹の背中に両腕を回してそっと抱きしめた。