聖夜の初デート(part2)
───このままじゃ完全な遅刻になってしまう!
僕は腕に巻いたデジタル時計を一瞥すると、さらに走るスピードを上げた。そのかいがあり、20分かかるところを10分で広場にたどり着くことができ、30分の遅刻を20分に縮めることができた。
待ち合わせの場所となっている広場に入ると、そこには同じ顔をしたふたりの少女が待っていた。そう、彼女たちは双子で、左側にいる少女が桜月キラ、右側にいるのが妹の桜月ユラという。長くて綺麗な黒い髪をした清楚な美少女姉妹である。
双子の姉妹は、僕の姿を見ると、満面の笑みを浮かべ、こちらに駆け寄って来た。
「もうっ、遅かったじゃない、私たちのマイダーリン!」
キラはそう言うなり、勢いよく僕の右腕にしがみついた。
「ご、ごめん、遅くなって」
キラの大胆な行動に、僕の顔が真っ赤に染まる。
「フフフ、しょうがないわね。こうしてあなたがきちんと来てくれたから許してあげる。でも、次は時間どおりに来てね。あなたと少しでも長く一緒にいたいから・・・」
「うん、今度はきちんと時間を守るよ」
僕は反省の意を込めて、キラに頭を下げた。
「あの、こんにちは・・・今日はわざわざ来てくれてありがとう・・・私、すごく嬉しいです」
姉の後ろにいたユラが控え目な態度で挨拶してきた。
「こんにちは、ユラちゃん。遅くなってごめんね」
「そんなに気にしないでください。私もキラちゃんと同じで、来てくれただけで嬉しいから」
と言ってユラもキラと同じように僕の右腕に抱きついた。ただし、こちらは姉とは対照的にそっと触れるような感じだった。
「それじゃあ、行きましょ、マイダーリン」
キラとユラは僕の腕を引っ張りながら歩き出した。僕は戸惑いながらもその後に続いた。
僕たちが向かった先は、「ファインシュトラーセ」と呼ばれる商店街だった。ここは僕たちの住む街では一番大きな商店街で、ブランド品を扱う有名な店から古風な駄菓子屋まであるという現代と過去が混濁した造りとなっている。中はクリスマスということもあり、クリスマスの定番曲ともいえる「ジングル・ベル」が流れ、サンタクロースの格好をした呼び込みの店員がいたるところで見られた。まさにクリスマス一色の光景だった。
僕たちが手始めに入った店は、女の子に人気があると言われているファンシーショップだった。この店を選んだのは、もちろん僕ではなく彼女たちである。ファンタジーのような内装とところ狭しと置かれている小物の数々を目の当たりにした僕は、まるで別世界に入ったような感覚に陥った。
───な、なんか居づらいな・・・
これが初めてファンシーショップなるものに入った僕の感想だった。
居心地の悪さを感じている僕とは対照的に、キラとユラは目を輝かせながら品物をいろいろと見ていた。
「ねえねえ、ユラちゃん。このぬいぐるみ可愛いと思わない?」
「うん、そうだね。あ、こっちのトナカイさんも可愛いよ、キラちゃん」
「本当ね。あ、こっちの踊っているうさぎも可愛いわよ」
「うん、可愛いね」
無邪気な笑みを浮かべながら話すふたりを見て、僕の顔からも自然と笑みがこぼれる。
手持ち無沙汰となった僕は、とりあえず店内をぐるりと見回した。そのとき、別のカップルの男性の方が女性のためにプレゼントを買っているのを目にした瞬間、僕は肝心なことを思い出した。
───そうだ。せっかくのクリスマスだから、僕も彼女たちに何かプレゼントを買ってあげないといけないよな。
そう思った僕は、双子の姉妹に話しかけた。
「ねえ、もし、欲しいものがあるなら、ひとつだけプレゼントするけど、どうかな?」
『え、本当にいいの?』
同じタイミングで同じ言葉が返ってきた。そのときの驚きの表情までも同じだった。
「うん。今日は僕たちにとって初めてのクリスマスだからね。僕のお金で買える範囲でよければ、なんでも買ってあげるよ」
「うわあ、ありがとう!」
キラは心底嬉しそうな顔をしながら僕に抱きついてきた。たちまち、僕たちは周囲の人間の注目の的となる。
「キ、キラちゃん、みんなが見てるよ・・・」
僕は突然のことにすっかりうろたえてしまった。しかし、キラのほうは他人の視線など意に介せずといった感じで抱きついたままだった。
「私は全然気にしていないわよ。だって、私はあなたのことが大好きだから!」
そう言って、さらに体を押し付ける。
「ち、ちょっとキラちゃん・・・」
密着したキラの体から伝わる女の子特有のふくらみに、僕はさらに激しく動揺した。
───キラちゃんって思ったよりも胸が・・・って何を考えているんだ、僕は!
無意識のうちに不埒な考えを持った自分を責める。しかし、その柔らかい感触が否応なしに、不純な考えを抱かせた。悲しい男の性というやつだ。
「キラちゃん、正哉君が困っているから、そろそろ離れたほうがいいわよ」
僕の理性が崩壊寸前となりかかったそのとき、ユラが救いの手を差し伸べた。
妹にうながされ、キラが名残惜しそうに僕から離れた。
「ごめんね。困らせるつもりはなかったんだけど、あまりにも嬉しかったからつい抱きついちゃった」
小さく笑いながら謝る。そんな彼女の仕草がこれまた可愛かった。
「それじゃあ、お言葉に甘えて欲しいものを選ばせてもらうね。ユラちゃんも一緒に選ぼうよ」
「うん」
キラとユラは並んで店内を歩き始めた。ふたりはあれこれ意見を交わしながら、品物を物色していた。10分、20分と時間が刻々と過ぎるが、一向に欲しいものが決まる気配がなかった。待ちくたびれて思わず欠伸が出そうになり、僕は必死にこらえた。時計に目をやると、1時間近く待っていることが判明した。
「あ、見て見てユラちゃん。あれって、確かドイル君よね」
そのとき、キラが立ち止まって大きなイルカのぬいぐるみを指差した。
「そうみたいね。もう売り切れてどこのお店にもないって聞いていたんだけど、まさかまだ残っていたなんて思わなかったわ」
ユラはキラの言葉にうなずいて答えた。
「ねえ、せっかくドイル君を見つけたんだから、これを買ってもらおうよ。実はね、私、ずっと前からこのドイル君のぬいぐるみが欲しかったの」
「あら、キラちゃんもそうなの。私もね、ドイル君のぬいぐるみが欲しいと思って、ずっとあちこちのお店を歩いて探していたの」
「それじゃあ、買ってもらうプレゼントはこれに決まりね。正哉さん、私たちあのドイル君のぬいぐるみが欲しいんだけど、いい?」
「ああ、いいよ。それじゃあ、早速買いに行こう」
僕は近くにいる女性店員のところに向かった。
「すみません。あそこにあるイルカのぬいぐるみをふたつ欲しいんですけど」
「ああ、ドイル君のぬいぐるみですね。かしこまりました、少々お待ちください」
女性店員は一礼したあと、店内の奥に消えた。それからしばらくして、先ほどの女性店員がドイル君のぬいぐるみをふたつ持って戻って来た。
「お求めの商品はこちらでよろしかったでしょうか?」
「これでいいかな、ふたりとも」
僕はキラとユラに対し、確認の問いかけをした。
『はい、これです』
すると、ふたりはまたもや同じタイミングで微笑みながら返事をした。まさに双子ならではの受け答えといえるだろう。
「それじゃあ、レジのほうまでお願いします」
女性店員の案内を受け、僕たちはレジへ向かった。そして、そこで会計を済ませると、僕はクリスマス仕様の梱包が施されたドイル君のぬいぐるみを受け取った。
「はい。ささやかで申し訳ないけど、これが僕からのクリスマスプレゼントだよ」
僕は同時にプレゼントを渡した。
キラとユラはとても嬉しそうな顔をしながら両手でプレゼントを受け取った。
「ありがとうございます・・・あなたからこうして素敵なクリスマスプレゼントをもらえて私、今すごく幸せです」
ユラは心なしか目を潤ませながら頭を下げた。
「そこまで喜んでもらえると僕も嬉しいよ」
僕はユラの感激ぶりを見て、プレゼントを贈ったかいがあったと思った。
「ありがとう!私、このドイル君を一生の宝物にするね!」
キラはそう言って、またもや僕に抱きついた。ふたたび注目の的となる。周囲の突き刺さるような視線が痛かった。
「キラちゃん、みんなが見てるよ・・・」
僕の顔がたちまち紅潮する。
「大丈夫。私は気にならないから」
キラは満面の笑みを浮かべて体をすり寄せた。
「いや、キラちゃんはよくても僕は・・・」
「もしかして、正哉君は私のことが嫌いなの・・・?」
突然、キラの顔から笑みが消えた。僕の顔をまっすぐ見つめる瞳には、不安の色が浮かんでいた。そんな彼女を見て、僕は慌てて首を大きく横に振った。
「いや、そんな、嫌いなんてことないよ。ただ、できれば・・・」
「よかったあ!」
僕の話が終わるよりも早く、キラはふたたび体を僕に預けた。
───仕方ないな・・・
キラの無邪気な笑顔を見て、僕は彼女の好きなようにさせることに決めた。人前で抱きつかれることに対してはやはり抵抗があるが、それ以上にキラの悲しい顔を見たくないという気持ちのほうが強かったからである。
「私、あなたから「嫌いだ」って言われたらどうしようかと思っちゃった」
キラは僕から離れると、胸のあたりに手を置いて安堵のため息をついた。
「そんなことは決してないよ。だから、安心して」
「よかった・・・それを聞いて安心したわ」
にっこりと愛らしい笑みを浮かべる。
「よかったね、キラちゃん」
ユラも笑顔を浮かべながら、キラの肩に手を置いた。
「それじゃあ、別の場所に行こうか」
僕たちはファンシーショップをあとにした。
外に出ると、いつしか夜が更け、いたるところに飾り付けられたイルミネーションの輝きがさらに増していた。
「あの、私たち、今からあなたと一緒に行きたい場所があるんだけど、いい?」
店外に出た直後、キラが申し出た。
「ああ、僕は別に構わないけど、どこに行くんだい?」
「フフフ、それは秘密よ。ね、ユラちゃん」
「ええ。来てもらえれば分かりますよ」
キラとユラは同じ微笑みを浮かべると、僕の腕をつかんだ。そのあと、すぐに同じ笑顔を浮かべたユラも姉に習って腕をつかむ。そして、有無を言わさず、僕を引っ張るように歩き出した。
彼女たちが向かった先は、商店街のはずれにある小さな広場だった。
広場の中央には高さ20メートルほどの巨大なクリスマスツリーがあり、深い青色のイルミネーションが飾り付けられていて、神秘的な光を放っていた。
キラとユラはその大きなクリスマスツリーを背にするように立つと、キラが口を開いた。
「私たち、いつか好きなひとができたらここに行こうと決めていたの。だから、今日は絶対にあなたとここに来たかったの」
笑顔を見せるキラとユラ。
「そうなんだ・・・」
僕はキラとユラの気持ちとその笑顔に淡いときめきを覚えた。ふたりの気持ちがとても嬉しかった。そして、彼女たちの気持ちに応えてあげたいと強く思った。
「あの、実は私たちもあなたにクリスマスプレゼントを用意しているの。たいしたものじゃないけど、受け取ってくれませんか?」
キラの話が終わったあと、今度はユラがおずおずと話しかけてきた。
「え、そうなんだ。それなら、ありがたく受け取るよ。ふたりからプレゼントをもらえるなんて、すごく嬉しいな」
僕はユラの意外な申し出に少し驚いたが、すぐに大きな喜びが沸き上がった。
「よかった」
ユラは持っていたカバンの中から紙袋を出すと、その中に手を入れた。ユラが取り出したものは、白いマフラーだった。
「私たちが編んだマフラーです。出来はいいかどうか分かりませんが、一生懸命作りましたので、受け取ってください」
ユラはそう言うと、キラと一緒になってマフラーを差し出した。
「ありがとう。すごくいいマフラーだね」
僕は早速手にしたマフラーを首に巻いた。
「あれ、このマフラーってずいぶん長いね」
マフラーの両端が地面に着いていることに気づき、僕は首をかしげた。
「ウフフフ、それはわざと長く作っているの。こうするためにね」
キラは笑いながら僕の右隣まで歩み寄ると、余ったマフラーを自分の首に巻いた。
一方、反対側にはユラが並び、キラと同じことをしていた。
「ほら、これなら寒くないでしょ」
キラは僕の腕に自分の腕を絡めた。
「あの、寒くないですよね?」
ユラも姉と同じように腕を絡める。
「あ、えっと・・・うん・・・」
美少女ふたりに挟まれてサンドイッチ状態になった僕は、気恥ずかしさと戸惑いを覚えながらも心地よい気分にかられた。
───確かにすごく暖かいな。
僕は両腕に伝わる確かなぬくもりを感じながら心の中でつぶやいた。
そのとき、空から小さな白い欠片がぽつりぽつりと降り出した。
「あ、雪・・・」
ユラが空を見上げてつぶやいた。
「今年はホワイトクリスマスになりそうね。私たち3人のクリスマスがホワイトクリスマスなんて素敵ね。ねえ、そう思わない?」
キラはそう言って僕のほうに体をすり寄せながら尋ねてきた。
「ああ、そうだね。今までのクリスマスの中でも、今日が一番だと僕は思ってるよ」
「私もそう思うわ。特に今年のクリスマスはあなたと一緒に過ごせたから」
「私もキラちゃんと同じ気持ちです。来年のクリスマスも私たち3人で過ごしたいです」
と言って、ユラも僕のほうにぴったりと体をくっつける。
「ああ、そうだね。絶対にそうしよう」
僕はそう言ってふたりの顔を交互に見た。
それから、僕たちは幻想的な青い輝きを放つクリスマスツリーの下で、お互いの体を寄せ合いながら、空から舞い落ちる雪をずっと眺めた。