聖夜の初デート(part1)
───まずい、完全に遅れてしまった！
俺は腕に巻いたデジタル時計を一瞥すると、さらに走るスピードを上げた。そのかいがあり、２０分かかるところを１０分で広場にたどり着くことができ、３０分の遅刻を２０分に縮めることができた。
待ち合わせの場所となっている広場に入ると、そこには同じ顔をしたふたりの少女が待っていた。そう、彼女たちは双子で、左側にいる少女が桜月キラ、右側にいるのが妹の桜月ユラという。長くて綺麗な黒い髪をした清楚な美少女姉妹である。
双子の姉妹は、俺の姿を見ると、満面の笑みを浮かべ、こちらに駆け寄って来た。
「待ってたわよ、私たちのマイダーリン！」
キラはそう言うなり、勢いよく俺の右腕にしがみついた。
「遅くなってごめん」
「ううん、いいの。あなたがこうして来てくれたから、それだけで十分よ。でも、次はできるだけ時間どおりに来てね。あなたと少しでも長く一緒にいたいから・・・」
「ああ。今度から気をつけるよ」
俺は自分自身に反省を促した。
「あの、こんにちは・・・今日はわざわざ来てくださってありがとうございます・・・私、すごく嬉しいです」
姉の後ろにいたユラが控え目な態度で挨拶してきた。
「こんにちは、ユラ。遅くなってごめんね」
「そんなに気にしないでください。私もキラちゃんと同じで、来てくれただけで嬉しいですから」
と言ってユラもキラと同じように俺の右腕に抱きついた。ただし、こちらは姉とは対照的にそっと触れるような感じだった。
「それじゃあ、行きましょ、マイダーリン」
キラとユラは俺の腕を引っ張りながら歩き出した。俺は戸惑いながらもその後に続いた。
俺たちが向かった先は、「ファインシュトラーセ」と呼ばれる商店街だった。ここは俺たちの住む街では一番大きな商店街で、ブランド品を扱う有名な店から古風な駄菓子屋まであるという現代と過去が混濁した造りとなっている。中はクリスマスということもあり、クリスマスの定番曲ともいえる「ジングル・ベル」が流れ、サンタクロースの格好をした呼び込みの店員がいたるところで見られた。まさにクリスマス一色の光景だった。
俺たちが手始めに入った店は、女の子に人気があると言われているファンシーショップだった。この店を選んだのは、もちろん俺ではなく彼女たちである。ファンタジーのような内装とところ狭しと置かれている小物の数々を目の当たりにした俺は、まるで別世界に入ったような感覚に陥った。
───なんか場違いの気がするなあ・・・
これが初めてファンシーショップなるものに入った俺の感想だった。
居心地の悪さを感じている俺とは対照的に、キラとユラは目を輝かせながら品物をいろいろと見ていた。
「ねえねえ、ユラちゃん。このぬいぐるみ可愛いと思わない？」
「うん、そうだね。あ、こっちのトナカイさんも可愛いよ、キラちゃん」
「本当ね。あ、こっちの踊っているうさぎも可愛いわよ」
「うん、可愛いね」
無邪気な笑みを浮かべながら話すふたりを見て、俺の顔からも自然と笑みがこぼれる。
手持ち無沙汰となった俺は、とりあえず店内をぐるりと見回した。そのとき、別のカップルの男性の方が女性のためにプレゼントを買っているのを目にした瞬間、俺は肝心なことを思い出した。
───そうだ。せっかくのクリスマスだから、俺も彼女たちに何かプレゼントを買ってあげないといけないよな。
そう思った俺は、双子の姉妹に話しかけた。
「もし、欲しいものがあるなら、ひとつだけプレゼントとして買ってあげるよ」
『え、本当にいいんですか？』
同じタイミングで同じ言葉が返ってきた。そのときの驚きの表情までも同じだった。
「ああ。今日は俺たちにとって初めてのクリスマスだから、遠慮しなくてもいいよ」
「うわあ、ありがとう！」
キラは心底嬉しそうな顔をしながら俺に抱きついてきた。たちまち、俺たちは周囲の人間の注目の的となる。
「キ、キラ・・・」
俺は突然のことにすっかりうろたえてしまった。しかし、キラのほうは他人の視線など意に介せずといった感じで抱きついたままだった。
「キラちゃん、憲吾さんが困っているから、そろそろ離れたほうがいいわよ」
ユラにうながされ、キラが名残惜しそうに俺から離れた。
「ごめんなさい。あまりにも嬉しかったからつい抱きついちゃった」
小さく笑いながら謝る。そんな彼女の仕草がこれまた可愛かった。
「それじゃあ、お言葉に甘えて欲しいものを選ばせてもらうね。ユラちゃんも一緒に選ぼうよ」
「うん」
キラとユラは並んで店内を歩き始めた。ふたりはあれこれ意見を交わしながら、品物を物色していた。１０分、２０分と時間が刻々と過ぎるが、一向に欲しいものが決まる気配がなかった。次第に待ちくたびれ、思わず俺の口からあくびが出る。時計に目をやると、１時間近く待っていることが判明した。
「あ、見て見てユラちゃん。あれって、確かドイル君よね」
そのとき、キラが立ち止まって大きなイルカのぬいぐるみを指差した。
「そうみたいね。もう売り切れてどこのお店にもないって聞いていたんだけど、まさかまだ残っていたなんて思わなかったわ」
ユラはキラの言葉にうなずいて答えた。
「ねえ、せっかくドイル君を見つけたんだから、これを買ってもらおうよ。実はね、私、ずっと前からこのドイル君のぬいぐるみが欲しかったの」
「あら、キラちゃんもそうなの。私もね、ドイル君のぬいぐるみが欲しいと思って、ずっとあちこちのお店を歩いて探していたの」
「それじゃあ、買ってもらうプレゼントはこれに決まりね。憲吾さん、私たちあのドイル君のぬいぐるみが欲しいんだけど、いい？」
「ああ、いいよ。それじゃあ、早速買いに行くとするか」
俺は近くにいる女性店員のところに向かった。
「すみません。あそこにあるイルカのぬいぐるみをふたつ欲しいんですけど」
「ああ、ドイル君のぬいぐるみですね。かしこまりました、少々お待ちください」
女性店員は一礼したあと、店内の奥に消えた。それからしばらくして、先ほどの女性店員がドイル君のぬいぐるみをふたつ持って戻って来た。
「お求めの商品はこちらでよろしかったでしょうか？」
「これでいいかな、ふたりとも」
俺はキラとユラに対し、確認の問いかけをした。
『はい、これです』
すると、ふたりはまたもや同じタイミングで微笑みながら返事をした。まさに双子ならではの受け答えといえるだろう。
「それじゃあ、レジのほうまでお願いします」
女性店員の案内を受け、俺たちはレジへ向かった。そして、そこで会計を済ませると、俺はクリスマス仕様の梱包が施されたドイル君のぬいぐるみを受け取った。
「メリークリスマス」
俺は同時にプレゼントを渡した。
キラとユラはとても嬉しそうな顔をしながら両手でプレゼントを受け取った。
「ありがとうございます・・・あなたからこうして素敵なクリスマスプレゼントをもらえて私、今すごく幸せです」
ユラは心なしか目を潤ませながら頭を下げた。
「ありがとう！私、このドイル君を一生の宝物にするね！」
キラはそう言って、またもや俺に抱きついた。ふたたび注目の的となる。周囲の突き刺さるような視線が痛かった。個人的にはすごく嬉しいのだが、できれば人目の少ないところでやってほしいと俺は切実に思った。
「もう、キラちゃんたら、憲吾さんがまた困っているわよ」
「ウフフフ、ごめんなさい」
笑って謝るキラを見て、俺もつられて笑った。
「それじゃあ、別の場所に行こうか」
俺たちはファンシーショップを後にした。
外に出ると、いつしか夜が更け、いたるところに飾り付けられたイルミネーションの輝きがさらに増していた。
「あの、私たち、今からあなたと一緒に行きたい場所があるんだけど、いい？」
店外に出た直後、キラが申し出た。
「ああ、俺は別に構わないけど、どこに行くんだ？」
「フフフ、それは秘密よ。ね、ユラちゃん」
「ええ。来てもらえれば分かりますよ」
キラとユラは同じ微笑みを浮かべると、俺の腕をつかんだ。そのあと、すぐに同じ笑顔を浮かべたユラも姉に習って腕をつかむ。そして、有無を言わさず、俺を引っ張るように歩き出した。
彼女たちが向かった先は、商店街のはずれにある小さな広場だった。
広場の中央には高さ２０メートルほどの巨大なクリスマスツリーがあり、深い青色のイルミネーションが飾り付けられていて、神秘的な光を放っていた。
キラとユラはその大きなクリスマスツリーを背にするように立つと、キラが口を開いた。
「私たち、いつか好きなひとができたらここに行こうと決めていたの。だから、今日は絶対にあなたとここに来たかったの」
笑顔を見せるキラとユラ。
「そうだったのか・・・」
俺はキラとユラの気持ちとその笑顔に胸の高鳴りを覚えた。そして、ふたりの気持ちを何よりも大切にしたいと思った。
「あの、実は私たちもあなたにクリスマスプレゼントを用意しているの。たいしたものじゃないけど、受け取ってくれませんか？」
キラの話が終わったあと、今度はユラがおずおずと話しかけてきた。
「もちろん、ありがたく頂くよ」
俺はユラの意外な申し出に少し驚きながら快諾した。
「よかったあ」
ユラは持っていたカバンの中から紙袋を出すと、その中に手を入れた。ユラが取り出したものは、白いマフラーだった。
「私たちが編んだマフラーです。出来はいいかどうか分かりませんが、一生懸命作りましたので、受け取ってください」
ユラはそう言うと、キラと一緒になってマフラーを差し出した。
「ありがとう。すごく嬉しいよ」
俺は早速手にしたマフラーを首に巻いた。
「あれ、このマフラーってずいぶん長いな」
マフラーの両端が地面に着いていることに気づき、俺は首をかしげた。
「ウフフフ、それはわざと長く作っているの。こうするためにね」
キラは笑いながら俺の右隣まで歩み寄ると、余ったマフラーを自分の首に巻いた。
一方、反対側にはユラが並び、キラと同じことをしていた。
「ほら、これなら寒くないでしょ」
キラは俺の腕に自分の腕を絡めた。
「あの、寒くないですよね？」
ユラも姉と同じように腕を絡める。
「確かにこれなら寒くないけど・・・」
美少女ふたりに挟まれてサンドイッチ状態になった俺は、くすぐったい気分にかられた。
しかし、そのくすぐったさが気持ちよかった。
───まあ、ふたりが喜んでくれるならいいか。
俺は交互に双子の姉妹の顔を見比べると、穏やかなため息をついた。
そのとき、空から小さな白い欠片がぽつりぽつりと降り出した。
「あ、雪・・・」
ユラが空を見上げてつぶやいた。
「今年はホワイトクリスマスになりそうね。あなたと過ごす初めてのクリスマスにぴったりだわ」
キラはそう言って俺のほうに体をすり寄せた。
「来年のクリスマスも私たち３人で過ごしましょうね」
ユラもぴったりと体を俺にくっつける。
「ああ、そうしよう」
俺は大きくうなずいて答えた。
広場は雪の到来によって凛とした冷たい空気に覆われていたが、俺のまわりだけはその冷たさをかき消すような心地よい暖かさに満ち溢れていた。