聖夜の初デート(part3)

太陽が沈み、街に明かりが灯り始めた頃、私は彼女たちと待ち合わせをしている駅前の広場に向かっていた。
───これなら予定どおり5分前にはたどり着くな。
私は腕に巻いたデジタル時計を一瞥して時間を確認すると、駅前の交差点の横断歩道を渡った。
そして、計算どおり5分前に、待ち合わせの場所となっている広場に入ると、そこにはすでに同じ顔をしたふたりの少女が待っていた。そう、彼女たちは双子で、左側にいる少女が桜月キラ、右側にいるのが妹の桜月ユラという。長くて綺麗な黒い髪をした清楚な美少女姉妹である。
双子の姉妹は、私の姿を見ると、満面の笑みを浮かべ、こちらに駆け寄って来た。
「すまない、待たせてしまったようだな」
私が謝ると、双子の姉妹は同時に首を横に振った。
「気にしないで。ただ、私たちが早く来ただけだから」
キラはそう言うなり、勢いよく私の右腕にしがみついた。積極的な彼女らしい行動だ。
「あの、こんにちは・・・今日はわざわざ来てくれてありがとうございます・・・私、すごく嬉しいです」
姉の後ろにいたユラが控え目な態度で挨拶してきた。
「こんにちは、ユラ。どれぐらい前にここに来ていたんだ?」
「えっと、30分くらい前です。あなたとのデートが楽しみで、ずいぶん早く来てしまいました」
「そうか」
私は空いている左手をユラに向かって差し出した。それを見たユラは、嬉しそうな顔をしながらその腕を包み込むようにそっと抱きついた。。
「それじゃあ、行こうか」
私は両脇にキラとユラを従えて歩き出した。
私たちが向かった先は、「ファインシュトラーセ」と呼ばれる商店街だった。ここは私たちの住む街では一番大きな商店街で、ブランド品を扱う有名な店から古風な駄菓子屋まであるという現代と過去が混濁した造りとなっている。中はクリスマスということもあり、クリスマスの定番曲ともいえる「ジングル・ベル」が流れ、サンタクロースの格好をした呼び込みの店員がいたるところで見られた。まさにクリスマス一色の光景だった。
私たちが手始めに入った店は、女の子に人気があると言われているファンシーショップだった。この店を選んだのは、もちろん私ではなく彼女たちである。ファンタジーのような内装とところ狭しと置かれている小物の数々を目の当たりにした私は、まるで別世界に入ったような感覚に陥った。
───これがファンシーショップという店か。確かに女の子向けに造られた店だな。
初めてファンシーショップに入った私にとって、ここはまさに未知の世界であった。品物自体は興味の対象外であったものの、見るものすべてが新鮮で好奇心をそそられた。私がくまなく店内を見回しているあいだ、キラとユラは目を輝かせながら品物をいろいろと見ていた。
「ねえねえ、ユラちゃん。このぬいぐるみ可愛いと思わない?」
「うん、そうだね。あ、こっちのトナカイさんも可愛いよ、キラちゃん」
「本当ね。あ、こっちの踊っているうさぎも可愛いわよ」
「うん、可愛いね」
無邪気な笑みを浮かべながら話すふたりの姿を私はじっと観察した。
───彼女たちのクリスマスプレゼントはここも品物がよさそうだな。
そう判断した私は、双子の姉妹に話しかけた。
「ふたりとも、今日はクリスマスだから、欲しいものをひとつだけプレゼントしよう」
『え、本当にいいんですか?』
同じタイミングで同じ言葉が返ってきた。そのときの驚きの表情までも同じだった。
「ああ。私のお金で買える範囲でよければ、なんでもいいぞ」
「うわあ、ありがとう!」
キラは心底嬉しそうな顔をしながら私に抱きついてきた。たちまち、私たちは周囲の人間の注目の的となる。しかし、キラはそんなことなどお構いなしといった感じで、体を私にすり寄せた。
「キラ、店内ではしゃぐと他の客の迷惑になる」
私は静かな口調で注意すると、ゆっくり彼女を引きはがした。
「ごめんなさい。あまりにも嬉しかったからつい・・・」
キラは小さく笑いながら謝った。反省しているとは思えなかったが、それでもあえて注意はしなかった。このまっすぐなところが彼女の一番の魅力だと知っているからである。もっとも、もう少し時と場合を考えてほしいという気持ちもなきにしもあらずだが・・・
「キラちゃん、あまり博幸さんを困らせちゃ駄目よ」
ユラが姉をたしなめる。
「分かっているわ。今度から気をつけるわ」
たぶん、すぐに忘れてしまうだろうと私は思った。キラは頭で考えるよりも感情で行動するからである。
「それじゃあ、お言葉に甘えて欲しいものを選ばせてもらうね。ユラちゃんも一緒に選ぼうよ」
「うん」
キラとユラは並んで店内を歩き始めた。ふたりはあれこれ意見を交わしながら、品物を物色していた。10分、20分と時間が刻々と過ぎるが、一向に欲しいものが決まる気配がなかった。女の子の買い物は長いと聞いてはいたが、まさかここまでだとは思ってもみなかった。
「あ、見て見てユラちゃん。あれって、確かドイル君よね」
そのとき、キラが立ち止まって大きなイルカのぬいぐるみを指差した。
「そうみたいね。もう売り切れてどこのお店にもないって聞いていたんだけど、まさかまだ残っていたなんて思わなかったわ」
ユラはキラの言葉にうなずいて答えた。
「ねえ、せっかくドイル君を見つけたんだから、これを買ってもらおうよ。実はね、私、ずっと前からこのドイル君のぬいぐるみが欲しかったの」
「あら、キラちゃんもそうなの。私もね、ドイル君のぬいぐるみが欲しいと思って、ずっとあちこちのお店を歩いて探していたの」
「それじゃあ、買ってもらうプレゼントはこれに決まりね。博幸さん、私たちあのドイル君のぬいぐるみが欲しいんだけど、いい?」
「いいぞ。それじゃあ、買いに行こう」
私は近くにいる女性店員のところに向かった。
「すみません。あそこにあるイルカのぬいぐるみをふたつください」
「ああ、ドイル君のぬいぐるみですね。かしこまりました、少々お待ちください」
女性店員は一礼したあと、店内の奥に消えた。それからしばらくして、先ほどの女性店員がドイル君のぬいぐるみをふたつ持って戻って来た。
「お求めの商品はこちらでよろしかったでしょうか?」
「ふたりとも、これでいいのか?」
私はキラとユラに対し、確認の問いかけをした。
『はい、これです』
すると、ふたりはまたもや同じタイミングで微笑みながら返事をした。まさに双子ならではの受け答えといえるだろう。
「それじゃあ、レジのほうまでお願いします」
女性店員の案内を受け、僕たちはレジへ向かった。そして、そこで会計を済ませると、僕はクリスマス仕様の梱包が施されたドイル君のぬいぐるみを受け取った。
「これが私からのクリスマスプレゼントだ」
私は同時にプレゼントを渡した。
キラとユラはとても嬉しそうな顔をしながら両手でプレゼントを受け取った。
「ありがとうございます・・・あなたからこうして素敵なクリスマスプレゼントをもらえて私、今すごく幸せです」
ユラは心なしか目を潤ませながら頭を下げた。
「そうか。喜んでもらえて何よりだ」
私はユラの感激ぶりを見て、プレゼントを贈ったかいがあったと思った。
「ありがとう!私、このドイル君を一生の宝物にするね!」
キラはそう言って、またもや私に抱きついた。ふたたび注目の的となるが、私はまったく動じなかった。
「キラ」
「ごめんなさい、博幸さん」
キラはとっさに私から離れた。
「それじゃあ、外に出よう」
私はキラとユラを連れてファンシーショップから出た。
外に出ると、いつしか夜が更け、いたるところに飾り付けられたイルミネーションの輝きがさらに増していた。
「キラ、もういいぞ」
店から出た直後、私はキラに声をかけた。
「え、何が?」
キラは目を丸くしながら私を見た。
「腕を組んでもいいと言っているんだ。それとも、もういいのか?」
「え、本当にいいの?」
「ああ。もう店の中じゃないから、人に迷惑をかけることもないしな」
「やったあ!それじゃあ、お言葉に甘えて、えいっ!」
キラは満面の笑みを浮かべ、私の腕に抱きついた。
「ユラ」
次に私は、ユラに向かって手を差し出した。
「博幸さん・・・ありがとうございます・・・」
ユラは一瞬、驚きの色を浮かべたのち、嬉しそうにはにかみながら両手で私の腕をつかみ、そのまま体を預けた。
「次はどこに行こうか?」
私は同じ顔を交互に見て尋ねた。
「あの、私たち、今からあなたと一緒に行きたい場所があるんだけど、いい?」
店外に出た直後、キラが申し出た。
「ああ、私は別に構わないけど、どこに行くんだ?」
「フフフ、それは秘密よ。ね、ユラちゃん」
「ええ。来てもらえれば分かりますよ」
キラとユラは同じ微笑みを浮かべると、私を引っ張るように歩き出した。
彼女たちが向かった先は、商店街のはずれにある小さな広場だった。
広場の中央には高さ20メートルほどの巨大なクリスマスツリーがあり、深い青色のイルミネーションが飾り付けられていて、神秘的な光を放っていた。
キラとユラはその大きなクリスマスツリーを背にするように立つと、キラが口を開いた。
「私たち、いつか好きなひとができたらここに行こうと決めていたの。だから、今日は絶対にあなたとここに来たかったの」
笑顔を見せるキラとユラ。
「そうか・・・」
私はキラとユラの気持ちとその笑顔に魅せられ、思わず彼女たちに見とれてしまった。そして、ストレートに自分たちの思いをぶつけるこの双子の姉妹がとても可愛いと思った。ふたりの気持ちに報いてあげたい。私は心の中で誓いを立てた。
「あの、実は私たちもあなたにクリスマスプレゼントを用意しているの。たいしたものじゃないけど、受け取ってくれませんか?」
キラの話が終わったあと、今度はユラがおずおずと話しかけてきた。
「ああ」
私はユラの意外な申し出に対し、即答した。
「よかったあ」
ユラは持っていたカバンの中から紙袋を出すと、その中に手を入れた。ユラが取り出したものは、白いマフラーだった。
「私たちが編んだマフラーです。出来はいいかどうか分かりませんが、一生懸命作りましたので、受け取ってください」
ユラはそう言うと、キラと一緒になってマフラーを差し出した。
「ありがとう」
私は早速手にしたマフラーを首に巻いた。
「ん、このマフラーはずいぶん長いな」
マフラーの両端が地面に着いていることに気づき、私は首をかしげた。
「ウフフフ、それはわざと長く作っているの。こうするためにね」
キラは笑いながら私の右隣まで歩み寄ると、余ったマフラーを自分の首に巻いた。
一方、反対側にはユラが並び、キラと同じことをしていた。
「ほら、これなら寒くないでしょ」
キラは私の腕に自分の腕を絡めた。
「あの、寒くないですか?」
ユラも姉と同じように腕を絡める。
「・・・ああ・・・」
美少女ふたりに挟まれてサンドイッチ状態になった私は、彼女たちのぬくもりとかすかに漂うコロンの香りに大きな安らぎを覚えた。
───こういうのも悪くないな。
キラとユラの嬉しそうな顔を見ているうちに、自然と私の顔からも笑みがこぼれた。
そのとき、空から小さな白い欠片がぽつりぽつりと降り出した。
「あ、雪・・・」
ユラが空を見上げてつぶやいた。
「今年はホワイトクリスマスになりそうね。あなたと過ごすクリスマスにぴったりだわ」
キラはそう言って私のほうに体をすり寄せた。
「来年のクリスマスもこうして私たち3人で過ごしたいです」
と言って、ユラも私のほうにぴったりと体をくっつける。
「ああ・・・」
私はキラとユラの顔を交互に見てうなずいた。
───私も来年のクリスマスはおまえたちと過ごしたい。
私は胸の中でそうつぶやくと、ふたりの恋人をそっと抱き寄せた。