楽しさ2倍の遊園地!?(part2)

うららかな太陽の光が差し込む昼下がりの午後───
竜崎正哉は彼女たちと待ち合わせをしている駅前の広場に向かうため、全力で走っていた。
───しまった、完全に遅刻してしまった!
竜崎正哉は腕に巻いたデジタル時計を一瞥すると、さらに走るスピードを上げた。そのかいがあり、20分かかるところを10分で広場にたどり着くことができ、30分の遅刻を20分に縮めることができた。
待ち合わせの場所となっている広場に入ると、そこには同じ顔をしたふたりの少女が待っていた。そう、彼女たちは双子で、左側にいるポニーテールの少女が一条薫子、右側にいるショートカットの少女が一条菫子という。どちらが姉でどちらが妹なのかは、本人たちも知らないということだった。
双子の姉妹は正哉の姿を見ると、満面の笑みを浮かべ、こちらに駆け寄って来た。
「やっほー!遅かったね。なかなか来ないから少し心配しちゃった」
薫子は声を弾ませて胸のうちを語った。
「ごめん、遅くなって」
正哉は申し訳なさそうに謝った。
「ううん、気にしないで。でも、今度からはできるだけ時間どおりに来てね」
「うん、今度から気をつけるよ」
自分自身に反省を促す。
「私は全然心配しなかったよ。だって、あなたが約束を破ったりしないって信じていたもん」
隣にいた菫子はまったく心配していない様子であった。
「ありがとう。でも、今度はきちんと時間どおりに着くようにするよ」
正哉は菫子にも頭を下げた。
「この次から気をつけてくれたらいいわ。それより、早く行きましょ」
菫子はそう言って、正哉の左腕に抱きついた。
「あ、菫子ずるい!それじゃあ、私は右半分をもらうからね」
薫子も負けじと右腕に抱きつく。双方の腕に同じくらいの柔らかい感触が伝わり、正哉は思わず顔を赤らめた。
「他のひとに取られないように、あなたの左腕に名前を書いておこうかな」
「私もそうしようかな」
「だ、駄目だよ、そんなことしたら」
正哉は慌てて釘を刺した。彼女たちのことだ、このまま何も言わなければ、本気でやってしまうだろう。注意されて、心の底から残念そうにしているのが何よりの証拠だ。
「仕方ないな。薫子、左半分は私の担当だからちゃんと覚えていてね」
「分かったわ。そのかわり、菫子も私が右半分の担当だってことを覚えていてね」
「わ、分かった」
いつの間にか彼女たちは、勝手にお互いの役割分担を決めてしまった。
───僕の意思は関係ないんだな・・・
正哉は心の中でため息をついた。
正哉たちが向かった場所は、駅前から出ているバスに乗り、15分ほどのところにある遊園地だった。
園内にこだまする無邪気な子供の笑い声。
行き交う人々に風船をくばって歩くマスコットの人形たち。
緑の芝生が敷き詰められた広場。
園内は休日ということもあってか、家族連れを筆頭に多くの客で賑わっていた。
『ほら、早く行こうよ』
中に入ると、薫子と菫子が同時に手を引っ張った。
「あ、うん」
正哉は双子の姉妹にうながされるまま、ジェットコースターのある場所に向かった。
「え、あの、これに乗るの?」
「ええ、そうよ。ここの『メガロゾーンスワープコースター』ってすごく速くて、面白いんだって」
菫子はウキウキとしながら答えた。
「確かに速そうだね・・・」
正哉は『メガロゾーンスワープコースター』を見上げたとたん、背中に一筋の汗が流れた。
───僕はジェットコースターって苦手なんだよな・・・
思わず気分が重くなる。
ここで苦手だから他の乗り物にしようといえば、すむことなのだが、嬉しそうにしているふたりを見ると、どうしても断ることができなかった。
「でしょでしょ。ずっと乗ってみたいと思っていたから、すごく楽しみだわ。さあ、行きましょ」
「う、うん・・・」
正哉は不安を覚えながら先に進んだ。
3人が『メガロゾーンスワープコースター』の前までやって来たとき、菫子が困った顔をした。
「そういえば、これって3人一緒には乗れなかったんだよね」
「本当だ。それじゃあ、最初は菫子が正哉君と乗って、そのあと私が一緒に乗るってのはどうかな?」
「え・・・」
正哉は薫子の提案に思わず絶句した。
「あ、それはグッドアイデア。それが不公平のない方法だよね。ということでよろしくね」
「あ、え、あ、その・・・」
「さあ、まずは私と一緒に乗ってね」
菫子は、意外な展開に戸惑っている正哉の背中を押した。
強制的に合意させられた正哉は、やむを得ず覚悟を決めることにした。
ブザーの音と同時に『メガロゾーンスワープコースター』がじょじょに急斜面のレールを昇っていき、頂点に達してから数秒後に急降下を開始した。
「・・・!」
体にかかる圧倒的な風圧に、正哉は声にならない悲鳴を上げた。激しい振動と重力に気が遠くなる。
見た目と想像以上に、『メガロゾーンスワープコースター』は速かった。
時間としてはそれほどではなかったが、ふたたび乗り場に戻った頃には、肉体的にも精神的にもかなり疲労していた。
「あー、楽しかった」
菫子は満面の笑みをこぼしながら座席を立った。
一方、正哉のほうは無言のまま、頼りない足取りで立ち上がった。
「次は私の番だからよろしくね、正哉君」
後ろの席に乗っていた薫子が正哉のもとにやって来て、屈託のない笑みを浮かばた。
「う、うん・・・」
正哉は薫子と菫子と一緒にふたたび列に並び直すと、また『メガロゾーンスワープコースター』に乗り込んだ。
───つ、つらい・・・
2度目の乗車が終えた正哉は、もはや満身創痍の状態だった。しかし、薫子と菫子の行動は衰えることがなかったので、正哉は無理して彼女たちに合わせた。
次々とアトラクションを回るふたりの行動力は、パワフルのひと言に尽きた。ひとりでも十分すぎるほどの行動力を持っているのに、それがふたりともなれば、付き合う人間の苦労は半端なものではない。通常の2倍、いや、彼女たちの場合は2乗の体力を使わなければならなかった。しかも、ジェットコースターなどペアの乗り物については、不公平がないようにと2回乗る羽目になり、正哉はすっかり乗り物酔いをしてしまった。
「さてと、次はどこに行こうかなあ・・・」
「ち、ちょっと待って・・・できたら少し休憩してほしいんだけど・・・」
正哉は、人差し指を頬に当て考え込む菫子に頼み込んだ。さすがにこのままでは、体がもたないと判断したからである。
───このふたりは、どうしてこんなに元気なんだろ?
平然としている双子の姉妹に、思わず感心してしまう。
「え、もう休みたいの。仕方ないわね。それじゃあ、あそこのベンチで少し休みましょ」
薫子の了解を得た正哉は、よろめきながらベンチまで行き、全身を預けるように座った。そのあと、すぐに薫子が右側、菫子が左側に腰掛ける。
「ねえ、私たちと一緒にいて楽しいかな?」
薫子が正哉の顔を覗き込むように見ながら尋ねた。
「あ、うん、すごく楽しいよ」
かなり疲れるけど、と心の中で付け加えて正哉は答えた。
「よかったあ。私たちだけが楽しんでいたら、どうしようかと思っていたけど、それを聞いて安心したわ」
薫子から安堵の笑みがこぼれる。
「これからも3人でもっともっと楽しいことをしようね」
菫子も笑顔を浮かべる。
「そ、そうだね」
ふたつの微笑みに挟まれた正哉は、次第に胸が高鳴りを覚えていくのを感じた。
そのとき、正哉の両手に柔らかくて温かい感触が伝わった。薫子と菫子が同時に手を握ってきたのだ。
「え、あ、あの・・・」
正哉は突然の出来事に驚いて、交互に双子の顔を見た。
「あなたの手を握っているとね、なんだかすごく安心するの。ずっとこうしていたいな」
と薫子がつぶやく。それから、菫子がそのあとに続くように話しかけた。
「ねえ、しばらくこのままあなたの手を握っていてもいい?」
「ああ、いいよ」
正哉は微笑ながら快諾した。
『ありがとう、正哉君』
薫子と菫子は感謝の言葉を重ねて述べた。
───僕も菫子ちゃんと薫子ちゃんと手をつないでいると、すごく安心する・・・
正哉は、つながれた手からもたらされる心地よさに身を委ねながら思った。