楽しさ2倍の遊園地!?(part3)

太陽が一番高い場所に昇った頃、木塚博幸は彼女たちと待ち合わせをしている駅前の広場に向かっていた。
───これなら予定どおり5分前にはたどり着くな。
博幸は腕に巻いたデジタル時計を一瞥して時間を確認すると、駅前の交差点の横断歩道を渡った。
そして、計算どおり5分前に、待ち合わせの場所となっている広場に入ると、そこにはすでに同じ顔をしたふたりの少女が待っていた。そう、彼女たちは双子で、左側にいるポニーテールの少女が一条薫子、右側にいるショートカットの少女が一条菫子という。どちらが姉でどちらが妹なのかは、本人たちも知らないということだった。
双子の姉妹は博幸の姿を見ると、満面の笑みを浮かべ、こちらに駆け寄って来た。
「すまない、待たせてしまったようだな」
博幸が謝ると、双子の姉妹は同時に首を横に振った。
「気にしないで、私たちが早く来ただけだから。それにあなたがこうして来てくれたから、それだけでも十分嬉しいよ」
薫子は心底嬉しそうな顔をして言った。
「私は全然心配しなかったよ。だって、あなたが約束を破ったりしないって信じていたもん」
隣にいた菫子はまったく心配していない様子であった。
「そうか」
博幸はストレートな感情を言葉にする菫子を見て、微笑ましく思った。
「それじゃあ、あなたも来てくれたことだし、早速、行きましょ」
菫子はそう言って、博幸の左腕に抱きついた。
「あ、菫子ずるい!それじゃあ、私は右半分をもらうからね」
薫子も負けじと右腕に抱きつく。双方の腕に同じくらいの柔らかい感触が伝わる。
「他のひとに取られないように、あなたの左腕に名前を書いておこうかな」
「私もそうしようかな」
「ふたりとも、それはやめてくれ」
博幸は冷静な口調で釘を刺した。彼女たちのことだ、このまま何も言わなければ、本気でやってしまうだろう。注意されて、心の底から残念そうにしているのが何よりの証拠だ。
「仕方ないな。薫子、左半分は私の担当だからちゃんと覚えていてね」
「分かったわ。そのかわり、菫子も私が右半分の担当だってことを覚えていてね」
「ああ・・・」
いつの間にか彼女たちは、勝手にお互いの役割分担を決めてしまった。
「・・・」
博幸は無言のまま、元気な双子の姉妹に引っ張られるようにして歩き出した。
博幸たちが向かった場所は、駅前から出ているバスに乗り、15分ほどのところにある遊園地だった。
園内にこだまする無邪気な子供の笑い声。
行き交う人々に風船をくばって歩くマスコットの人形たち。
緑の芝生が敷き詰められた広場。
園内は休日ということもあってか、家族連れを筆頭に多くの客で賑わっていた。
『ほら、早く行こうよ』
中に入ると、薫子と菫子が同時に手を引っ張った。
「・・・」
博幸は双子の姉妹にうながされるまま、ジェットコースターのある場所に向かった。
「これがジェットコースターか・・・」
「うん、そうよ。あれ、もしかして、ジェットコースターに乗るのって初めてなの?」
「ああ。こういう場所に行くこと自体が初めてだからな」
博幸はジェットコースターを眺めながら菫子の質問に答えた。
「そうなんだ。この『メガロゾーンスワープコースター』はすごく面白いという評判だから、きっと楽しめると思うよ」
「そうか」
ウキウキしている菫子とは対象的に、博幸はいたって冷静だった。
3人が『メガロゾーンスワープコースター』の前までやって来たとき、菫子が困った顔をした。
「そういえば、これって3人一緒には乗れなかったんだよね」
「本当だ。それじゃあ、最初は菫子が博幸さんと乗って、そのあと私が一緒に乗るってのはどうかな?」
「あ、それはグッドアイデア。それが不公平のない方法だよね。ということでよろしくね」
「ああ、分かった」
「さあ、まずは私と一緒に乗ってね」
菫子は博幸の手を引っ張りながら車内の座席まで案内した。
「・・・」
ブザーの音と同時に『メガロゾーンスワープコースター』がじょじょに急斜面のレールを昇っていき、頂点に達してから数秒後に急降下を開始した。
「・・・!」
圧倒的な風圧が博幸の全身にかかる。
見た目と想像以上に、『メガロゾーンスワープコースター』は速かった。
しかし、博幸は無言のまま高速の乗り物に乗っていた。そして、ふたたび乗り場に戻ったときも、行きとまったく同じ顔をしていた。
「あー、楽しかった。博幸さんも楽しかったでしょ?」
菫子は満面の笑みをこぼしながら尋ねた。
「そうだな。自分が思っていた以上に速くて面白かった」
博幸は淡々と感想を述べた。
「次は私の番だからよろしくね」
後ろの席に乗っていた薫子が博幸のもとにやって来て、屈託のない笑みを浮かばた。
「ああ・・・」
博幸は薫子と菫子と一緒にふたたび列に並び直すと、また『メガロゾーンスワープコースター』に乗り込んだ。
「・・・」
2度目の乗車が終えた博幸は、少しばかり疲労感を覚えたが、それでも足取りはしっかりしていた。
次々とアトラクションを回るふたりの行動力は、パワフルのひと言に尽きた。ひとりでも十分すぎるほどの行動力を持っているのに、それがふたりともなれば、付き合う人間の苦労は半端なものではない。通常の2倍、いや、彼女たちの場合は2乗の体力を使わなければならなかった。しかも、ジェットコースターなどペアの乗り物については、不公平がないようにと2回乗る羽目になり、それがさらに体力の消耗に拍車をかけた。しかし、博幸は何事のないように、平然とふたりの行動に合わせていた。
「ウフフ、なんかこうしてあなたと手をつないで歩いていると、すごく安心できるのよね。まるでお父さんと手をつないでいるみたいにね」
人々が行き交う大通りを歩いていたとき、薫子が嬉しそうな笑みを浮かべて言った。
「そうね。あなたと手をつないでいると、お父さんと一緒にいるみたいで居心地がいいよ」
菫子も同感の意を示す。
「そうか・・・」
博幸は少し驚きの色を浮かべたのち、顔をうつむかせた。その素振りに気づいた薫子と菫子は慌てた。
「あ、気を悪くしたらごめんなさい!悪気があって言ったんじゃないの!」
「そうそう。別に老けているってことじゃなくて、その、あなたがお父さんみたいだってことだよっ」
「菫子、それってフォローになっていないわよ」
「あ、ごめん・・・」
必死になって弁解をする薫子と菫子。
博幸はそんな彼女たちに向かって冷静な声で語りかけた。
「分かっている。私は怒っていないからそんなにうろたえなくてもいい」
『本当に?』
同時に尋ねる。
「ああ。ただ、そういうふうに言われて少し驚いただけだ。何しろ、そんなふうに言われたのは初めてだったからな」
「そうなんだ。よかったあ」
菫子はホッと胸を撫で下ろした。
「本当によかった。もし、今のことで嫌われたらどうしようかと思っちゃった」
薫子も心の底から安堵していた。
「・・・私はおまえたちを嫌いになったりはしない。そんな簡単に嫌いになるような相手だったら、一緒にいたりはしない」
博幸は顔を正面に向けたまま、きっぱりと言った。
その刹那、薫子と菫子の表情が明るくなった。
「ありがとう!私たちもあなたのことが大好きよっ!」
菫子が全身で喜びを表しながら博幸の左腕に抱きついた。
「私たちも一生懸命あなたのことを愛しちゃうから、これからもずっとずっと私たちのことを好きでいてね! 」
薫子も菫子と同じような笑顔を浮かべ、反対側の腕に抱きつく。
───彼女たちの笑顔を見ているだけで心が安らぐな・・・
博幸は、そう思いながら無邪気な笑みをたたえる双子の姉妹を交互に見比べた。