Memorise Off2nd~Cross aubade~

第11章 救いの手

ラ・ネージュでのバイトを終えた健が携帯電話のディスプレイを確認すると、一本の留守番メッセージが入っていた。
相手はこのあいだ再会した翔太からで、折り返し電話をしてくれとのことだった。
健は着替えを済ませると、さっそく翔太に電話をかけた。
2回呼び出し音が鳴ったあと、翔太が電話に出た。
「悪いな、忙しいときに電話させてしまって。実はおまえに伝えたいことがあって電話したんだ」
「ぼくに伝えたいこと?」
「ああ。一回しか言わないからよく聞いておけよ。26日の午後1時に登波離橋でほたるちゃんを待たせてあるから会いに行ってやれ」
「お、おい、なんで勝手にそんなこと・・・」
「俺の用件はそれだけだ。じゃあな」
翔太は一方的に会話を終わらせ、電話を切った。
健は慌てて電話をかけなおしたが、すでに電源を切られており、連絡を取ることができなくなっていた。
───なんてやつだ・・・
健は翔太の唐突で強引な言動に、腹立たしさと困惑を覚えた。
予期せぬ出来事とはまさにこのことである。
更衣室に貼られているカレンダーに目をやると、指定した日が3日後であることが分かった。この日はバイトも休みであり、特に用事もないので、会おうと思えば会うことができる。
もっとも、ほたるの件は翔太が勝手に決めたことなので、こちらが無視してもなんら差し支えはない。
───そうだ、これは翔太が勝手にやったことで、ぼくには関係のないことだ。だから、このまま放っておこう。
そう決めたとたん、急にもやもやとした気持ちにかられた。
本当にそれでいいのか?
己の意思に反した疑問が突如浮かび上がる。
その疑問に対し、健は肯定も否定もできなかった。
別にほたると会いたくないというわけではない。
しかし、今の無様な自分の姿をほたるに見られたくない。
矛盾するふたつの思いの強さは五分と五分。激しくぶつかり、せめぎ合うがどちらも動く気配がなく、平行線をたどったままだった。
健は霞に覆われたような心境を抱えたまま、ラ・ネージュをあとにした。


アパートに戻る途中、健は唯笑がよくいる公園に入った。
彼女のことが気になったからである。唯笑とはほたるのことを話して以来、一度も会っていなかった。
あれからそれほど日にちは経っていないはずなのだが、何故か長く会っていないように感じられた。
健が噴水のそばに行くと、初めて会ったときと同じ場所に唯笑が立っていた。
───なんか会いづらいな・・・
唯笑を見たとたん、健は気まずさを覚えた。
二度もあんな別れ方をしたから、そう思うのは無理もない。改めて自分の取った態度の軽率さを痛感した。
健がまごついているそのとき、唯笑がこちらの存在に気づいた。
「あ、伊波さん・・・」
「い、今坂さん」
健はおずおずと唯笑のもとに歩み寄った。
「あの、今坂さん、このあいだは心配してもらっておいて、失礼な態度を取ってしまい、本当にすみませんでした」
「いえ、こちらこそ伊波さんの気持ちも考えず、差し出がましいことを言ってすみません。でも、私はやっぱり伊波さんには、ほたるさんと会ってもらいたいと思っています。勝手な言い分なのは分かっていますけど、どうかもう一度考えてみてくれませんか?」
唯笑は謝罪したあと、自らの気持ちをそのまま健に伝えた。
彼女の真剣なまなざしに釘付けとなる。
「ぼくも別にほたると会いたくないわけじゃありません。ただ、ぼくの今の姿をほたるに見せたくないんです。大学受験に失敗し、浪人生となった無様なぼくを見て、彼女が失望してしまうことが怖いんです」
そんな彼女の真摯な思いを受け、健も素直に自分の今の気持ちを口にした。
「伊波さん・・・」
唯笑は一歩近づくと、そっと健の手を握った。
「い、今坂さん・・・!」
突然の出来事に驚く健。
「伊波さんは無様なんかじゃないですよ。とても心の優しい素敵なひとです。私には分かります。だから、そんなに自分を卑下しないでください」
唯笑の柔らかくて温かい手の感触が健の心の迷いを打ち消し、安らぎを与えた。
健は唯笑のその手を通して、彼女の純真と優しさを感じることができた。
このとき、健は目の前にいる少女が天使のように思えた。
そう思わせるほど、広くて深い純真と優しさを唯笑は持っていた。
そして、その無垢な思いが健の心に大きな変化をもたらすことになった。
「伊波さん。もっと自分に自信を持ってください。そして、ほたるさんと会ってください。お願いします」
健は唯笑の言葉に対し、無言のままうなずいた。