Memorise Off2nd~Cross aubade~

第5章 途切れた足取りを追って

土曜日の昼過ぎ、音羽かおるの家に懐かしい客がやって来た。
その客の名は双海詩音といい、かおるの高校時代の友人である。
かおるは詩音の突然の来訪に驚きつつも嬉しく思い、彼女をリビングに案内すると、紅茶とアップルタルトを準備した。
「おまたせ、双海さん」
かおるは屈託のない笑顔を浮かべながらリビングに入ると、詩音の前にアップルタルトと紅茶を置いた。
「突然、お邪魔してしまって申し訳ありません」
膝に手を置いた姿勢で詩音が頭を下げると、かおるは慌てて首を横に振った。
「そんなこと気にしないで。私、ちょうど暇だったから、双海さんが来てくれて嬉しいよ」
屈託のない笑みを浮かべる。
「そういえば、こうして会うのは半年ぶりになるのかな?」
「そうですね、駅前の商店街で一緒にショッピングして以来ですから、それぐらいになるかと思います」
「そっか、あれからもう半年も経つんだ・・・」
かおるは軽くため息をついた。
「双海さんは今、大学で考古学を専攻しているんだよね。どう、学校のほうは?」
「ええ、難しい授業もありますが、そのぶんやりがいがあります。特に日本の歴史は私の知らないことばかりだったので、新鮮でとても面白いです。かおるさんは今年から就職でしたよね。そちらのほうはどうですか?」
「うーん、こっちは覚えることばかりで大変だよ。特に私ってパソコンが苦手で、それを使う作業がもう苦痛でさ。エクセル、ワード、一太郎・・・もう何が何やらさっぱりって感じ」
かおるはそう答えてお手上げのポーズを示した。それを見て詩音がクスリと笑う。
「それよりさ、双海さんがここに来た理由って、単に私に会いたかっただけじゃないよね?」
「ええ、実は気になることがあって、相談に来ました」
詩音の表情から笑みが消えた。
「気になること?」
「はい。音羽さんは智也さんが行方不明になったことは知っていますよね」
「うん、知ってる。三上君、まだ見つからないんだよね。それじゃあ、今坂さんはやっぱりまだ立ち直っていないのかな?」
かおるは眉をひそめて尋ねた。
「ええ、かなりショックを受けているみたいで、見ているほうがつらくなるくらい落ち込んでいるようです」
「そう・・・そうよね・・・まったく三上君ったら今坂さんをほったらかしにして、どこに行っているのかしら」
少し怒気を含めたような口調でつぶやく。
「あ、ごめん、話の骨を折ったみたいだね。それでその三上君がどうかしたの?」
「実は私、桜峰町で智也さんらしいひとを見かけたんです。もっとも、本当に一瞬の出来事だったので、本当に智也さんかどうか今ひとつ自信がないのですが・・・でも、もしかしたら本人かもしれませんので、私、桜峰町で智也さんを探してみようかと思います。そこで音羽さんには迷惑な話かもしれませんが、智也さんを探すのを手伝っていただけませんか?」
「迷惑だなんてとんでもない。それが本当なら私も喜んで協力するわ。あ、でも、今は仕事が忙しい時期だから、あまり役に立てないかもしれないわね。どうしよう・・・そうだ!桜峰だったらちょうど適任者がいるわ!」
かおるは突然、ある人物のことを思い出し、ぽんと軽く手を叩いた。
「適任者・・・ですか?」
「そう。三上君捜索に適任なひとがひとりいるわ。双海さん、よかったら明日、そのひとと会ってみない?」
「え、ええ、私は別に構いませんけど、その方って誰ですか?」
「それは明日のお楽しみってことで」
かおるはウインクして微笑んだ。


翌日、かおるは詩音を連れて、藍ヶ丘駅へ向かった。
駅前の交差点を渡り、駅の改札口に着いたところでかおるは立ち止まってまわりを見回した。
「確かもう来ているはずなんだけど・・・」
かおるは行き交う人々をひとりひとり目で追い、待ち合わせをしている人物を探した。
「おーい、音羽さーん・・・って、あれっ、そこにいるのはもしかして双海さん?」
そのとき、改札口から小走りで駆け寄って来た人物が驚きの声を上げた。
「あ、あなたは稲穂さん・・・」
詩音も驚きの表情を見せる。
彼女の前に現れたのは、かつて同じクラスメートだった稲穂信という少年であった。
彼が突然、高校を中退して、そのまま藍ヶ丘町を離れたのは詩音も知っていたが、まさかこんな形で再会するとは夢にも思わなかった。
おかげで、詩音は驚きと戸惑いを隠せなかった。
だいいち、かおると信の間に交流があったことすら知らなかったのだから、驚くなというほうが無理というものだ。
「音羽さんもひとが悪いな。俺に会いたがっているひとがいるからって聞いて、誰かとずっと考えていたんだけど、まさか双海さんだったとはね。これじゃあ、教えてくれと聞いても答えてくれないわけだ」
学生時代と変わらぬ笑みを浮かべる信。
「まあまあ。こういうふうに何も知らずに再会したほうが感動もひとしおでしょ。それに昨日、そのまま答えてしまったら、私が面白くないもの」
かおるがいたずらっぽく笑う。
「ハハハ、今回は見事にしてやられたってわけだ。それはそうと、双海さん、しばらく会わないうちにまた綺麗になったね」
「そういう稲穂さんは相変わらずみたいですね」
「それって俺が全然、成長していないってことかな」
「そうね、稲穂君って確かに澄空にいた頃と全然、変わっていないよね」
「イタタ、これはこれは手厳しいお言葉で」
かおるの横槍に、信は額に手を当ててうつむいた。
詩音はその仕草を見て、思わず吹き出した。
「それはそうと、今日、俺を呼んだ理由は何かな?あ、もしかして、ふたりともようやく俺の魅力に気付いて、同時に告白し、俺にどちらかを選ばせるということなのか?いやあ、我ながら俺も罪な男だ」
信は髪の毛をかきあげて鼻を鳴らした。
「はいはい。寝言は寝てから言ってね。今日、稲穂君を呼んだのは頼みたいことがあったからなの。ここで立ち話もなんだから、どこか落ち着ける場所に行きましょ。もちろん、稲穂君のおごりでね」
「え、このあいだも俺がおごったのに、またおごるんですか?」
「こんな可愛い女の子ふたりとお茶が出来ると思えば、安いもんでしょ。ねえ、双海さん」
「え、あ、あの・・・」
いきなり話を振られて詩音はすっかりうろたえてしまった。
「ほら、稲穂君がおごるって言わないから、双海さんが困っているじゃない。男らしくないわね」
かおるの言葉に信は困ったような表情を浮かべた。
「いや、これは俺のせいじゃない気がするんだけど・・・まあいいや。せっかく双海さんと久しぶりに再会できたから、今日はその記念としておごりますか」
信はついに抵抗をあきらめ、観念した。
いささか理不尽な言い分ではあるが、ここで金を惜しむのは、男としての面子に関わるので、そう答えざるを得なかった。
やはり男というものは、可愛い女の子には弱いものなのだ。
「いよっ、さすが稲穂大統領!太っ腹だね」
「ったく、相変わらず調子がいいな音羽さんは。それじゃあ、適当な喫茶店に入ろう」
信は苦笑を浮かべながら、かおるたちと一緒に歩き出した。そして、偶然通りかかった小さな喫茶店に入った。
喫茶店に入り、席に着くと、3人は水を運んでくれたウエイトレスにそれぞれの希望の品を注文した。
「さて、それでは早速、本題に入ろうか」
信はみんなの注文が終わった直後、かおるをうながした。
「そうね。実は三上君のことなんだけど、彼、今行方不明になっているのは稲穂君も知っているよね」
「ああ。あの馬鹿はまだ見つからないのか?」
心底腹立たしげに尋ねる。
「ええ。でも、つい最近、双海さんが桜峰町で三上君を見かけたらしいの。それで桜峰に住んでいる稲穂君だったら、私たちよりも地理的にも詳しいと思うし、そこで三上君を探す手伝いをしてほしいの」
「なるほど、そういうことか。まあ、必ずしも智也が桜峰にいるとは限らないけど、その可能性も否定できないな。よし、それなら俺も智也を探してみるよ」
「ありがとう、稲穂君。ごめんね、急にこんなことを頼んでしまって」
「すみません、稲穂さん」
ふたりの美少女に頭を下げられて、信は慌てて首を横に振った。
「そんな謝ることなんてないさ。困ったときはお互い様ってやつだ。それじゃあ、唯笑ちゃんのためにも、なんとしても智也を見つけよう」
「うん、そうだね」
「はい、絶対に智也さんを探しましょう」
3人はわずかな可能性にすべてを賭け、ひとりの少年の足取りを追う決意を固めた。