Memorise Off2nd~Cross aubade~

第3章 天気雨

一度目は偶然。
二度目は必然。
そして、三度目の出会いは天気雨がもたらした。
この日、健は藍ヶ丘町の駅前商店街を1時間ほどぶらつき、それから帰路についていた。
そして、その道中で突然、太陽と青空が見えているにもかかわらず、激しい雨に見舞われた。
「天気雨か・・・」
空の気まぐれないたずらに、健は慌てて雨宿りできそうな場所を探した。
幸い、すぐ近くに小さな電気屋らしき店があったので、健はその軒下に駆け込んだ。
ちょうどそのとき、見覚えのある少女が全速力で走っているのを目撃した。
───あれは今坂さん・・・
健が唯笑の存在に気付いたのとほぼ同時に、向こうもこちらのことに気付き、こちらにやって来た。
「こん・・・にち・・・は、伊波・・・さん・・・」
唯笑は肩で息をしながら途切れ途切れに挨拶をした。
「こんにちは、今坂さん。まさか雨に降られるとは思ってもみませんでしたね」
「本当にそうですね。天気予報だと今日の雨の確率はゼロパーセントだと言っていたんですけど、どうやら外れたみたいですね」
ようやく呼吸を整え終えた唯笑は、持っていたハンカチで髪や衣服についた雨粒を拭いた。
雨に濡れた髪と白いうなじが女性特有の色香をほのかに漂わせていた。
それを見た健の胸の鼓動が否応なしに高鳴る。
さすがにじっと見ているわけにはいかないので、慌てて視点を空に変えた。
目の前で降り注ぐ雨は、まだ止む気配がない。
天気雨なので、いずれは上がるが、そうなるにはしばしの時が必要だった。
結果的に足止めをくらってしまったが、そのおかげでふたたび唯笑と再会できたのだから、健にとっては天の恵みといえるかもしれない。
せっかく、天から授かった機会を無駄にしないためにも、健は唯笑と何か会話をしようと考えた。
ところが、いざ話そうとすると、どういうわけか緊張してしまい、結局彼女の横顔をちらちらと伺うことしかできなかった。
自分の勇気のなさに情けなくなる。
「伊波さん・・・」
そんな健の心境を見透かしたかのように、唯笑が話しかけてきた。
「伊波さんはここの出身じゃないですよね?」
「ええ。ぼくは隣町の桜峰の出身です」
「桜峰といえば、海のそばにある街ですよね。それじゃあ、高校は浜咲学園ですか?」
「そうです。今坂さんは澄空の出身なんですか?」
「はい。私は今年の春、卒業しましたけど、澄空高校に通っていました」
「あ、それじゃあ、ぼくと同じ学年だったんですね。ぼくも今年卒業しましたから」
「え、そうなんですか。それは奇遇ですね」
唯笑の表情に一瞬、かすかな笑みがこぼれた。
「ああっ、もうっ!なんで急に天気雨なんか降るのよ!今日は快晴ですって天気予報は言ってたのに」
ちょうどそのとき、新たに大学生ふうの女性が大声でわめきながら、勢いよく軒下に駆け込んだ。
彼女の姿を見た唯笑は、つぶらな瞳を大きく見開いた。
「あ、その声はひょっとして小夜美さん?」
「あら、誰か先客がいると思ったら唯笑ちゃんじゃない!久しぶりね」
小夜美と呼ばれた女性は、屈託のない笑みを浮かべた。
どうやら彼女と唯笑は互いに面識があるようだった。
「お久しぶりです、小夜美さん」
唯笑がぺこりと会釈をする。
「ほんと久しぶりね。確か前に会ったのは唯笑ちゃんたちの卒業パーティー以来だから、半年振りになるのかな」
「そうですね。卒業してもう半年も経つんですよね」
かみしめるようにつぶやく。
「と・こ・ろ・で、そちらにいるのはひょっとして唯笑ちゃんの新しい彼氏?」
小夜美はいたずらっぽく笑いながら尋ねた。
「ち、違います!伊波さんはただの知り合いです」
唯笑は激しく動揺しながら答えた。
「・・・」
健は無言のまま、ふたりのやりとりを眺めた。
「ただの知り合い」と言われた健の心境は複雑だった。
確かにそのとおりなのだが、改めて断言されるとやっぱり寂しい。
もっとも、まだ出会って数日しか経っていないので、そう答えられても仕方のないことなのだが。
「フフフ、冗談よ、唯笑ちゃん。唯笑ちゃんには智也君がいるもんね。そういえば、智也君は元気にしてる?確か卒業パーティーには出席していなかった気がしたんだけど・・・」
「・・・智ちゃんはもういません・・・」
唯笑は右手を胸に添えて小さな声で答えた。
その声は心なしか震えていた。
「ちょっと、それってどういうことなの?」
小夜美は唯笑の変化にただならぬ気配を感じ、表情を強張らせた。
「智ちゃんは急に姿をくらませていなくなったんです・・・」
「いなくなったってどうしてそんなことになったの?」
「・・・分かりません・・・」
唯笑は体を震わせながらうつむいた。
健は唯笑の悲しげなその瞳を見て、その言葉が真実ではないと感じた。
彼女は何か知っている・・・
確証はなかったが、そんな気がしてならなかった。
「そっか・・・ごめんなさい、無神経なことを聞いてしまって・・・」
「いえ・・・」
お互いに口をつぐみ、沈黙が幕を降ろした。
それから少しのときが流れ、小夜美がふたたび口を開いた。
「唯笑ちゃん、今更遅いかもしれないけど、私も智也君の居場所を探すの手伝うわね。こうみえても私、結構顔が広いからうまくいけばすぐ見つかると思うわ」
「ありがとうございます、小夜美さん」
唯笑は深く頭を下げた。
「顔を上げて、唯笑ちゃん。困ったときはお互いさまよ。それに唯笑ちゃんは私にとっては可愛い妹みたいなものだから、お姉さんとして力になってあげるのは当然のことよ」
小夜美は微笑みながら、唯笑の肩に手を置いた。
「あ、やっと雨が上がったみたいね」
「ほんとだ。いつの間に上がったんだろ」
小夜美の言葉どおり、気がつけば外の雨はすっかり上がり、澄んだ青空につばめが舞っていた。
「それじゃあ、私、友人と待ち合わせしているからもう行くわね。唯笑ちゃん、智也君のことで何か分かったら、すぐそっちに連絡するわ。それから、えーと、伊波君だったわね。唯笑ちゃんのことよろしくね。それじゃ、またね」
小夜美はふたりに向かって軽く手を振ると、小走りでその場から離れた。
残された健と唯笑は、疾風のごとく去って行った小夜美の背中を黙って見送った。
やがてその姿が完全に見えなくなると、健が話しかけた。
「小夜美さんって、とてもいいひとですね」
「うん。小夜美さんは私にとってお姉さんみたいなひとなんです」
唯笑は穏やかな表情で答えた。
「私もそろそろ行きますね。そういえば、伊波さんはどっちに向かうんですか?」
「えっと、僕はこの道を左に向かいます」
健は自分の向かう道を指差した。
「あ、それなら私と一緒ですね。よかったら途中まで一緒に行きませんか?」
「ええ、いいですよ」
健と唯笑は一緒に軒下から出ると、水たまりが点在する道路を並んで歩いた。