Memorise Off2nd~Cross aubade~

第9章 言葉に隠された真意

桜峰町に『ルサック』というファミリーレストランがある。
ごくありふれたチェーン店なのだが、発展性において一歩遅れている桜峰町では希少価値の高いレストランとなっている。
特に海水浴で賑わうシーズンになると、門前、市を成すというほどの繁盛振りを見せていた。
しかし、そんなルサックもやはり平日のランチタイムを過ぎた時間帯となると、客足もまばらになり、店内も閑散としていた。
その少ない客の中に智也と信の姿があった。
「ここがおまえのバイトしている店なのか。へえ、結構いい店じゃないか。こんな店が桜峰にあるなんて、今まで知らなかったぜ」
智也が周囲を見回しながら感想を述べた。
「ああ。このルサックはいい店だぜ。ただし、忙しいのがたまにキズだがな」
「忙しいほうが仕事になっていいんじゃないのか」
「まあな。暇だったら店がつぶれてしまうしな。あ、そうだ。もし、よかったら智也もここでバイトしないか?今、人手が足りなくて、アルバイトを募集しているからちょうどいいぞ」
「悪いが、やめておく。俺はこういう仕事は向いていないからな」
「そうか。まあ、気が変わったら俺に言ってくれ」
「変わったらな」
智也は軽く笑ってみせた。
ちょうどそのとき、ひとりのウエイトレスが注文を取りにやって来た。
「いらっしゃいませ、あ、稲穂さん」
「こんにちは、希ちゃん」
「そういえば、稲穂さんは今日、お休みだったんですよね」
「ああ。今日は一般客ということでよろしく」
信はそう言って微笑んだ。
「君は確かあのときの・・・」
智也は希と呼ばれた少女を見た瞬間、驚きの表情を浮かべた。
見覚えのあるショートカットの髪型と少し童顔気味な顔立ち。
目の前に立っているウエイトレスは以前、桜峰町の公園で出会った少女であった。
「はい?」
一方、希はそんな智也の反応に目を丸くした。
「まさかこんな形で君と再会するとは思わなかったな。体のほうはもういいのか?」
「え?え?」
智也の言葉を聞いた希は、口もとに手を当てて困惑した。
「あ、あの・・・私、あなたとどこかでお会いしましたか?」
「え・・・?」
予期せぬ返答に、今度は智也が戸惑いの表情を見せた。
「おい、智也。さっきから何訳の分からないこと言っているんだ。あ、もしかして、それって三上流のナンパ術ってやつか?」
そう言って、信が悪戯っぽい含み笑いを浮かべる。
「そ、そんなんじゃない!」
智也が顔を赤らめ強く否定する。
「お、否定した割には顔が赤くなってるぞ。だがな智也、いくら希ちゃんが可愛いからといって、いきなり仕事中の相手にナンパはよくないぞ。それに希ちゃんはおまえの後輩なるんだから、そういう悪い先輩の見本になるような行動は慎んだほうがいいぞ」
「だから違うって言ってるだろ!」
智也はむきになって反論した。
「あの、私の先輩ってことは、こちらのひとはひょっとして澄空高校の卒業生なんですか?」
さっきまで唖然としながら立ち尽くしていた希が話に割って入った。
「ああ。希ちゃんは三上智也って名前を聞いたことないかい?かなり悪名高い名前だから、どこかで聞いていると思うけど」
「悪名高いって、おまえにだけは言われたくないぞ」
突き刺すような鋭い視線を投げかける。
「えっと、そういえば昔、体育の授業中に、サッカーボールで校長室のガラスを割ったうえに、校長が大切にしていた3種の神器を壊して、『テンペストシューター』と呼ばれたひとの名前がその名前だった気がしますけど、まさかそのひとじゃないですよね?」
希は頬に手を当てながら答えた。
「テンペストシューターとはこれまた変わった通り名だな。で、それはおまえのことなのか?」
「認めたくはないが、間違いなくそれは俺のことだ。体育の授業でサッカーをしているときに、誤って校長室のガラス窓めがけてシュートを打ってしまって、校長の三種の神器「茶器」、「トロフィー」、「仏像」を壊した記憶はあるからな」
智也は苦い顔をして答えた。
「ハハハ、あの校長の3種の神器のことは知っているけど、まさかそいつを全部壊してしまうとはな。まさしくテンペストだ」
信がおかしそうに笑う。
「あれは事故だ。決して狙ってやったわけじゃない。まあ、今となっては懐かしい昔話だ」
智也がきっぱりと言い放つ。そこには罪悪感というものは微塵も感じられなかった。
「それにしても、確かに公園で会ったのは君だと思うんだけど・・・なあ、本当に俺のこと知らないのか?」
「うーん・・・すみません、やっぱり記憶にありません。多分、人違いじゃないかと思います」
智也の言葉に希はしばらく考えたあと、申し訳なさそうに答えた。
「そうか。すまない、君が知らないというなら、人違いなんだろうな」
智也は腑に落ちない心境にかられながらも、むりやり自分自身を納得させた。
「智也、そろそろ注文しようか。あまり希ちゃんを立ち話させると、あとで俺が店長から怒られてしまうからな」
「あ、いっけない。確かに早く注文取らないと、仕事をさぼっていると思われてしまいますね。あの、すみませんがご注文をお願いします」
希は慌てて伝票を持つと、信と智也の顔を交互に見た。
「えっと、俺はしょうが焼き定食にしようかな。智也は何にする?」
「そうだな、俺はコロッケ定食にしよう」
「ご注文を繰り返します。しょうが焼き定食おひとつとコロッケ定食おひとつでよろしいですか?」
希は慣れた手つきでメニューを伝票に打ち込むと、注文の再確認をとった。
「はい、それでお願いします」
信は微笑みながら答えた。
「かしこまりました。少々お待ちください」
希は一礼すると、足早にその場から離れた。
「信、おまえに聞きたいことがある」
智也はそう言うと、テーブルに置かれたコップの水を口に含んだ。
「なんだ?」
「どうしておまえは学校を辞めて、藍ヶ丘町を出たんだ?」
「おいおい、その質問は前にもしただろ」
信はやれやれといった感じで肩をすくめた。
「それは分かっている。俺が知りたいのは本当の答えだ」
智也の目がまっすぐ信の瞳を捕らえる。
「インドを目指して空飛ぶ魚を探すため。それ以外の理由はない」
信はかすかな笑みを浮かべ、智也の視線を受け止めた。
「相変わらず強情だな」
「おまえもな」
お互いに譲る気配はなかった。
しばしの沈黙のあと、智也が深いため息をついた。
「仕方ない。今はそういうことにしておいてやるよ」
「そういうことにしておいてくれ」
この意地の張り合いは信に軍配が上がった。
「それじゃあ、今度は俺が質問してもいいか?」
「ああ。答えられる質問なら答えてやるよ」
「智也は藍ヶ丘町に戻るつもりはないのか?」
てっきり再会したときと同じように、桜峰町にやって来た理由を尋ねられると思っていた智也は、予想外の質問をされて少し動揺した。
「俺はあの町にいることがつらくて、この桜峰にやって来た。だから、もう2度と藍ヶ丘町に戻るつもりはない」
智也は静かな口調でそう答えた。
「そうか・・・それがおまえの考えなら仕方ないな・・・でも、智也、これだけは言わせてもらうぞ。おまえの取ったその行動が、おまえの身近にいる人間に大きな影響を与えている。それだけは覚えていてくれ」
信は険しい表情で智也を見つめた。
「信、それはどういう意味だ?」
「そのままの意味だよ」
それきり信は頑なに口を閉ざした。
───信の言葉に隠された真意とはいったい何なのか?
智也は懸命に考えてみたが、答えを見つけることができなかった。
ただひとつ言えることは、智也の知らない「何か」を信が知っているということであった。
しかし、それを知る術は残念ながら今の智也にはなかった。
結局、このあと食事が運ばれてからふたりはまったく会話することなく、重い沈黙だけが辺りを包み込んだ。