ダ・カーポⅡ外伝~TIME WILL SHINE~
今日はお客様が来られるということなので、みんなでお茶会をすることになりました。私はそのためのお菓子を作りました。
メニューは沢井家の皆様に好評だったイチゴの乗ったケーキです。特に勇斗様がお気に召していて、勇斗様の強いリクエストによって作ることになりました。
ケーキと紅茶の準備はできました。あとはお客様を待つだけです。他にやることはありませんので、私は台所で待つことにしました。
そのとき、勇斗がこちらに顔を出しました。
「何か御用ですか?」
「ううん、ちょっとリュミールの様子を見に来ただけだよ。あ、そのケーキおいしそうだね」
と言って、勇斗様は目を輝かせました。
「お客様のお口に合うかどうか分かりませんが、前回のものよりもいい出来であるのは保障します」
「リュミールの作ったものなら大丈夫だよ。でも、前のケーキもおいしかったけど、それ以上っていうんだから、すごく楽しみだなあ。早く食べてみたいなあ」
「お客様がお越しになるまでお待ちください」
私はそう言って微笑みました。もの欲しそうにする勇斗様の姿が微笑ましいです。つい子犬みたいだと思ってしまいました。もちろん、口にして言うわけにはいきません。言って反応をみたいところもありますが、さすがにそれはできません。
「ただいまー」
玄関先で麻耶様の声がしました。どうやら戻ってきたみたいです。
「お邪魔しまーす!」
続いてお客様と思しき声がしました。どうやらすごく元気のありそうな方のようです。
「あ、来たみたいだね」
「そうですね。それでは出迎えに行きます」
「僕も行くよ」
私と勇斗様は一緒に玄関まで行きました。
お客様は牛柄の帽子をかぶった女の子でした。麻耶さんよりも小さいため、年下に見えますが、雰囲気で判断すると同級生にも見えます。感じからして友だちであることは間違いないでしょう。
「美夏お姉ちゃん、久しぶり」
「おう、勇斗も元気そうで何よりだ。ほら、これはお土産だ」
お客様は笑顔を浮かべながらビニール袋を勇斗様に渡しました。
「これは何?」
「バナナプリンだ。今、一番人気があるみたいで、並んで買わなきゃ手に入らないぐらい、希少価値があるのだ。おかげで、これを手に入れるのに2時間並んだぞ」
「おかげで付き合わされた私は、待ちくたびれちゃったわよ。どうせなら、ひとりで買いに行ってくれればいいのに」
隣にいた麻耶様がため息まじりに言いました。
「つれないこと言うな。ひとりで待っていたら退屈じゃないか。それにバナナプリンはひとり5個までと決まっているから、たくさん買うには麻耶がいないと駄目だったのだ」
お客様は屈託なく笑ったあと、私のほうを見ました。
「おまえがリュミールだな。私は天枷美夏だ。リュミールのことは以前から水越博士から聞いていて、何かあったら力になるようにと言われている。今日は一度会ってみたいと思って来たのだ」
「そうでしたか。わざわざありがとうございます、美夏様」
「美夏でよい。私もリュミールと同類だから遠慮しないでくれ」
「そうなのですか」
「ああ。もっとも、仕様や企画はまったく違うけどな。でも、ロボットであることに変わりないから、リュミールと私は同じ仲間だ。だから、困ったことがあったら遠慮せずに言ってくれ」
「ありがとうございます」
私は驚きました。まさかこのような形で私と同じロボットと会うとは思ってもみませんでしたから。
「ねえ、立ち話しないで早く行こうよ。お母さんも待っているし」
勇斗様が急かしました。
「そうですね。それではご案内いたします」
私は美夏たちを連れてリビングへと向かいました。
中には麻衣様が待っており、私たちを見て穏やかな笑みを送ってくださいました。
「おばさん、お久しぶり」
「いらっしゃい、美夏ちゃん。本当に久しぶりね。いつも麻耶がお世話になっています」
「こちらこそ麻耶には助けてもらって感謝している。それより、体のほうは大丈夫か?」
「ええ、おかげさまで。最近はずっと調子いいわ」
「それは何よりだ」
美夏と麻衣様が再会の挨拶をしているあいだに私は台所へ行き、ケーキと紅茶を取ってきました。
「おお、これはすごいな」
テーブルにケーキを置いたのと同時に、美夏が感嘆の声を出しました。
「見た目もすごくいいし、なんかいかにもお客様のために作りましたって感じがするケーキね。さあ、食べましょう。リュミールも座って」
「はい」
私は麻耶様の指示で椅子に座り、ここでお茶会が始まりました。
「うん、これはうまい!そんじょそこらのケーキ屋のケーキよりもうまいぞ!」
美夏は満開の笑顔で絶賛しました。その言葉にすごく安心しました。同じロボット同士とはいえ、お客様ですから粗相があってはなりません。
「そうでしょ。リュミールの作るものはなんでもおいしいんだよ」
勇斗様がまるで自分のことのように得意げに言いました。そこまで言ってくれるのは嬉しいのですが、褒めすぎの感じがします。少しくすぐったい気持ちになりました。
「これなら麻耶が勇斗に見限られるのも分かるぞ」
「ちょっと、いきなり何言い出すのよ!」
麻耶様が美夏に抗議しました。
「ん、だって、最近、勇斗がリュミールにべったりで私とほとんど話してくれないから寂しいって泣きながら言っていたではないか」
美夏が笑って言うと、麻耶様はたちまち顔を紅潮させました。
「な、何勝手に誇張してるのよ!確かに勇斗がリュミールにべったりで寂しい気がするとは言ったけど、断じて泣いていないわよ!」
「ハハハ、というわけだから勇斗、リュミールばっかりでなく、たまにはお姉ちゃんの相手もしてやってくれ」
「え、別に僕はお姉ちゃんと話していないわけじゃないと思うんだけど・・・」
勇斗様が困り顔で姉である麻耶様を見ました。こんな表情を見せる勇斗様も可愛いです。
「え、えっと、美夏の言うことなんて気にしないでケーキを食べましょう。美夏は変なことを言ったから没収ね」
「うわわっ、ちょっと待ってくれ!美夏が悪かった!」
美夏は麻耶様からケーキの皿を守ろうとしました。
麻耶様はそんな美夏からケーキを取り上げようとして、何度も手を伸ばしました。
「しぶといわね。いい加減に観念してあきらめなさい!」
「そう簡単に渡すものか!このケーキは美夏のものだ!」
おふたりのケーキをめぐる攻防は一進一退の様相を呈していました。
「ちょっとお姉ちゃんたち、そんなことしていたらケーキを落としちゃうよ。まったく子供みたいなんだから」
そんな年上の女の子の様子に勇斗様は呆れたような顔をしました。確かに勇斗様の言い分も一理あります。
「なんかすごく楽しいわね。ここまで楽しいって思ったのは、本当に久しぶりだわ」
不意に私の隣にいた麻衣様が、小さな笑い声を漏らしました。
「今までの家だったら、こんなふうに笑い声が起こるなんてあり得なかったわ。まるで夢みたい。でも、これは現実なのよね」
夢心地のような感じで麻衣様は言いました。
「はい」
私は肯定の返事をして、視線をテーブルに移しました。
室内はとにかく賑やかで、全員が楽しそうな表情をしていました。勇斗様が笑っています。麻耶様が笑っています。美夏が笑っています。そんな三人の姿を見つめて微笑む麻衣様がいます。先ほどからずっと笑顔が絶えません。見ているこちらまでもが楽しくなります。
私は幸せな気持ちになりました。そして、この幸せな時間がずっと続けばいいのにと思いました。そのために私にできることがあるのかどうか分かりませんが、何かをしていきたいと思わずにはいられませんでした。
今度はもっといいケーキとお茶を準備しよう。
とりあえずひとつ私にできそうなことが思いつきました。今度いつあるか分かりませんが、そう遠くない気がします。それまでに研究しようと思います。
「ねえ、リュミール。みんなでトランプするから、リュミールもやろうよ」
勇斗様が私のそばにやって来て誘ってくださいました。私にとっては嬉しいお誘いです。
「はい、私でよろしければ喜んで参加いたします」
私は勇斗様に一番の笑顔を送って答えました。
沢井家のお茶会は、まぶしい笑顔と楽しさと幸せでいっぱいのお茶会となりました。