ダ・カーポⅡ外伝~TIME WILL SHINE~

第4話 夕刻のささやかな幸せ

ここ最近のはなしですが、気になることがあります。それは勇斗様がこっそり私を見ていることです。どうしてこそこそ見ているのかが謎でした。用件があるのなら、申し付けてくださればいいのですが、何故かそうしてくださいません。いったい、どうしたのでしょうか。
私は迷った末、こちらから声をかけることに決めました。とりあえず用件をおうかがいしたほうがいいのではないかと判断したからです。
とりあえず私はいつもどおりの行動をとりました。すると、勇斗様が今日も台所の入り口付近で、私の様子をのぞいていました。
私はテーブルを拭く手を休めて勇斗様のほうに顔を向けました。私に見つかった勇斗様は、その場で慌てふためきました。その様が結構可愛いと思ったのはここだけのはなしです。
「勇斗様、私に何か御用があるのではありませんか?」
「あ、えっと・・・」
勇斗様はその場でもじもじするだけでした。
そこで私は近づいて身を屈めました。
「何かあるのなら遠慮せずに申してください。私にできることでしたら、何でもいたしますので」
「えっと、あのね・・・その、ぼ、ぼ、僕と・・・い、い、一緒にさ、散歩・・・してくれませんか・・・」
勇斗様は顔を真っ赤にさせながら、途切れ途切れに言葉を紡ぎました。
「お散歩ですか?」
「う、うん、だ、ダメかな?」
勇斗様がすがるような目で私を見ました。
「まだ夕食まで時間がありますから大丈夫ですけど、麻衣様にお許しを頂く必要があります」
「分かった。お母さんには僕からお願いするよ」
勇斗様はそう言うと、廊下の奥へと駆けていきました。そして、すぐに私のところへ戻ってきました。
「お母さんもいいって」
「分かりました。それでは参りましょう」
「うん!」
私たちは家を出て、散歩を始めました。
私の隣を歩く勇斗様は、うつむき加減で歩いていました。なんだかそわそわしているみたいです。どうしてそうなっているのか私には分かりません。だから、私は尋ねることにしました。
「どうなさいましたか?」
「な、なんでもないよ!」
どう見ても何かあるのは一目瞭然でした。しかし、勇斗様が何でもないと答えた以上、私はこれ以上聞くことができなくなりました。本当は気になるのですが、主に仕える身としては、あまり立ち入ってしまうのはよくありませんので。
少しの間、なんとなく気まずい沈黙が訪れました。
「ねえ、リュミール・・・」
不意に勇斗様が沈黙を破りました。
「何でしょうか?」
「えっとね・・・あのね・・・その、手・・・つないでもいい?」
顔を真っ赤にさせながら恐る恐る私を見て言いました。やっぱり何か様子が変です。
それに対し、私は普通に答えました。
「はい、構いませんけど」
「え、ほんとにいいの?」
「もちろんです。それぐらいお安い御用です」
私が手を差し出すと、勇斗様は嬉しそうに私の手を握りました。
「ありがとう、リュミール」
「どういたしまして」
そんな勇斗様を見て、私もちょっぴり嬉しくなりました。何故、この程度のことで勇斗様が喜ぶのかは分かりませんが、お役に立てているようなのでよかったと思います。
私たちは桜公園まで足を運びました。その名のとおり桜がたくさんある公園ですが、季節が秋ということもあり、桜の木はすべて枝だけという姿になって眠りについていました。そのせいもあってか、公園内はもの寂しさが漂っていました。
「リュミールは確かこの公園の枯れない桜の木で倒れていたんだよね?」
「はい。博士の話によると、そこで通りがかりのひとに発見され、研究所に保護されたそうです」
私は公園の中心部にある大きな桜の木を見上げました。それこそが勇斗様が言った「枯れない桜」です。私のメモリーによると、かつては名前どおり無限の時の中で咲き誇っていたのですが、突如枯れてしまったそうです。その原因はまったく不明で、その影響により1年中咲いていたここ初音島の桜の木がいっせいに枯れていったそうです。
私は何故、自分がここにいたのかすら覚えていません。研究所の職員の方たちは私のメモリーにあると思われた情報を引き出そうとしたのですが、どういうわけかメモリーにアクセスできず、引き出せなかったそうです。こういうところから、私が普通のμではないと判断され、様子を見ることになったのです。
マスターも分からず、通常のμにはあり得ない要素を私は持っています。
私はいったい何なのか。不安な気持ちがあるのは事実です。しかし、それを考えても意味がないことも分かっています。今の私は人間に奉仕するロボットですから・・・
「ねえ、リュミール。やっぱりリュミールは昔のことを思い出したい?」
「どちらともいえません。ただし、勇斗様たちにご迷惑をかけているようでしたら、思い出す必要があると判断します」
そう答えるしかありませんでした。確かに興味がないといえば嘘になりますが、それでも何が何でも知りたいとは思っていません。その必要性がないというのもありますが、何よりも沢井家のみなさんが私みたいな得体の知れないロボットに対して、とてもよくしてくださるからです。はっきりいって、私は果報者だと思います。
「ううん、迷惑なんかじゃないよ!むしろリュミールみたいなμがきてくれて大歓迎だよ。だって、僕はできたらこれからもリュミールとその・・・」
勇斗様の声が次第に小さくなっていったため、最後のほうがよく聞こえませんでした。
「勇斗様、申し訳ありませんが、最後の言葉がよく聞きとれませんでしたので、お手数をおかけしますが、もう一度お願いできますか?」
「あ、たいしたことじゃないから気にしないで!」
何故か勇斗様は、さらに顔を赤くさせて力いっぱい答えました。
「そうですか。それならいいのですが」
私は小首をかしげながら納得しました。本人がそう言うのなら、多分たいしたことではないのでしょう。
しかし、それでもひとつだけ気になることがありましたので、確認することにしました。
「勇斗様、今日もお顔が赤いのですが、大丈夫ですか?」
私は小さく身を屈めると、勇斗様の額に自分の額を当てました。やはり前回と同様に熱はなく、体調に異変もないみたいです。でも、何故ときどき勇斗様の顔が赤くなるのかが謎のままでした。本当に大丈夫なのかちょっと心配です。
「うわわわっ!リュ、リュミール!」
私の行動に対し、勇斗様はこれまた前回と同じ態度を見せました。
「申し訳ありません。驚かせるつもりはなかったのですが・・・」
「う、うん、分かってる・・・ただ、いきなりだったからびっくりしちゃった」
勇斗様は空いている手を胸に当てながら数回深呼吸しました。
「本当に申し訳ありません」
「あ、ううん、気にしないで。こっちこそ心配してくれてありがとう」
落ち着きを取り戻した勇斗様が微笑みました。その表情が愛らしくて、思わず私からも笑みがこぼれました。やっぱり勇斗様は可愛いです。本人が知れば、気を悪くするかもしれませんけど・・・
「勇斗様、そろそろ時間ですので戻りましょう」
「うん、分かった」
私たちは手をつないだまま来た道を引き返しました。今日はとても楽しいひとときを過ごすことができました。散歩に誘ってくださった勇斗様に感謝です。