ダ・カーポⅡ外伝~TIME WILL SHINE~

第3話 リュミールの初仕事

私の初仕事は朝ごはんとお弁当を作ることでした。作るのは初めてなので、少し緊張していますが、特に問題はありません。そのための知識及び技術のプログラムを組み込まれているからです。もちろん、沢井家の皆様の嗜好もプログラムされていますので、苦手なものは出しません。
今日はとりあえず味噌汁と焼き魚とごはんにしました。私は覚えたての知識と技術を駆使して、朝食の準備に取り掛かりました。こちらの予定どおりで朝食はできつつありました。
私が味噌汁の味見をしようと思ったとき、台所に誰かが入ってきました。それは沢井麻耶様でした。
「あら・・・」
麻耶様は、その場で立ち止まってしまいました。
「おはようございます。私に何か御用でしょうか?」
「あ、いや、ついいつも習慣で起きただけよ。そういえば、今日からあなたがお弁当を作ってくれるようになったのよね」
「はい。ですから麻耶様はお休みになっていてください」
「うーん、今から寝るのもちょっとねえ・・・そうだ、私も手伝うわ」
と言って、麻耶様が私の隣に来ました。
「私ひとりで大丈夫ですから、テーブルのほうでお待ちください」
せっかくの申し出でしたが、私は丁重に断りました。マスターに余計な手間をかけさせるわけにはいきませんから。
「あ、そう。それじゃあ、お言葉に甘えて待たせてもらうわね」
麻耶様が出て行き、私はふたたびひとりになりました。
ここからは味噌汁の味見をしたあと、コンロの火を止めて料理を麻耶様のもとへ運びました。
「お待たせいたしました」
「ありがとう」
私が料理を置くと、麻耶様は感謝の言葉をくださいました。当たり前のことをしただけなのに、感謝されて嬉しくなりました。
「いただきます」
麻耶様は味噌汁の器を手にとってすすりました。そして、すぐに穏やかな表情を浮かべました。
「うん、おいしいわ。さすがね」
「ありがとうございます」
安堵感とともに嬉しさが倍増しました。本当によかったです。
「そういえば、あなたは食事とかしないの。って、ロボットだから普通しないわよね」
「はい。基本的には付属のエネルギーチャージ機を使ってエネルギーを補います。しかし、一応、麻耶様たちと同じように食事をすることも可能となっています」
「そうなんだ。それじゃあ、次からは一緒に食べない?」
「はい。それでは明日からは私の分も作って、ご一緒させていただきます」
「決まりね。実はね、朝と夜のごはんをほとんどひとりで食べているから、ちょっと寂しいなって思うことがあるの。でも、これからはそんな気分にならずにすむわね」
「私でお役に立つのなら喜んでご一緒いたします」
「ありがとう」
麻耶様ははにかみながら、私の作った料理をおいしそうに食べてくださいました。私は何故かすごく幸せな気持ちになりました。


麻耶様と勇斗様が学校へ行ったあとの仕事は、掃除と洗濯になります。私は洗濯物を洗濯機に入れてから、手始めに一階の掃除を始めました。掃除と洗濯も初めてですが、やり方は当然プログラムされていますので、今度も大丈夫です。まずは効率的にということで、洗濯から始めました。洗濯機が稼働している間に掃除をやるという段取りです。このあとには麻衣様の食事の準備もありますので、お昼までには1階の全フロアーを終わらせたいところです。私は気合を入れて掃除洗濯を行い、今回も予定どおり終わらせることができました。初仕事でちょっと心配でしたが、これでひと安心です。
「まあ」
ちょうど掃除が終わったとき、麻衣様がリビングから出てきました。
「すごいわ。まるで別のお屋敷にいるみたいだわ」
麻衣様は辺りをぐるりと見回しながら感嘆しました。
そんな麻耶様を見て、私はすごく嬉しくなりました。
「ありがとうございます。そう言って頂けると嬉しいです」
「ひとりでこんなに綺麗にできるなんてすごいわ。大変だったでしょ?」
「いえ、特に問題ありません。皆様のお屋敷を綺麗にするのは当然のことですから。それより、麻衣様のお加減のほうはいかがですか?」
「今日は比較的調子がいいみたいから大丈夫よ」
「そうですか。それでは、今からご飯の準備をしますので、少しお待ちください」
「ありがとう。今日の朝食もおいしかったから、楽しみに待ってるわ」
麻衣様は穏やかな笑みを返してくれました。
「ご期待に応えられるよう努力します」
その笑顔を目の当たりにして、私は急にやる気が出てきました。
それから、私は早速昼食の準備に取り掛かりました。昼のメニューは野菜とハムを使ったサンドウィッチとトマトサラダと紅茶です。
台所にお料理を運ぶと、待っていた麻衣様は目を細めました。
「これもまたおいしそうね。いただきます」
麻衣様はそう言うと、すぐにサンドウィッチを手に取って口に運びました。
「すごくおいしいわ」
と言って、麻衣様は相好を崩されました。お口に合ったみたいでよかったです。
「リュミールも座って食べなさいな。あ、そうか、あなたはロボットだから食べられないのかしら?」
「いえ、皆様と同じように食べることはできます」
「そうなの。じゃあ、一緒に食べましょう」
「はい、分かりました」
私は麻衣様の向かいに腰掛けて、昼食を共にすることになりました。ロボットの身ですが、一応食事のとりかたもプログラムされていますので、フォークやスプーン、箸もちゃんと使えます。
麻衣様は私の様子をじっと見ていました。よほどロボットである私が食事をするのが珍しいのでしょうか。しかし、すぐに私の考えが違っていたことが分かりました。
「やっぱり食事は誰かと一緒に食べるほうがいいわね。今までお昼はほとんどひとりで食べていたから余計そう思うわ」
「私でよろしければ、いつでもご一緒いたします」
「ありがとう。そういえば、昔、亡くなった夫が「人はひとりでは生きていけない。だから、人から孤独をなくすためにμを造るんだ」と言っていたけど、それはやはり尊い夢だったって、リュミールを見て分かったわ」
麻衣様は柔和な表情でそう言いました。
私は麻衣様の言葉の意味が理解できなかったので、懸命に思考回路を働かせましたが、やはりダメでした。いったい、どういう考えをすれば、麻衣様の言葉の意味が分かるのでしょうか。
「あら、そんなに困った顔しないで。別に分からなくても特に問題ないから」
「どうして、私が麻衣様の言葉が理解できなかったって分かったのですか?もしかして、麻衣様は他人の心を読む能力を持っているのですか?」
私は驚かずにはいられませんでした。何も言っていないのに、私の思っていることを知られたのですから。麻衣様は超能力という力を持っているのかもしれません。
麻衣様は、私の言葉を聞いたとたん、控えめながら楽しそうな笑い声を上げました。
「そんなものは持っていないわ。ただ、あなたの顔に書いてあったから分かっただけよ」
「え、そうなのですか?」
私は思わず顔に手を当てました。いつの間にそんなふうになっていたのでしょうか。まったくもって謎です。
「フフフ、それは例えで実際に書いているわけじゃないわ。リュミールって、本当に面白いわね」
ふたたび麻衣様が愉快そうに笑いました。
私は恥ずかしい気持ちになりましたが、それがかえって心地よかったりします。この矛盾はいったい何なのでしょう。
「これから楽しくなりそうね。いろんな意味で期待しているわよ」
麻衣様は笑顔をたたえたまま紅茶を軽く飲みました。
こうして、沢井家の昼はたおやかな空気の中で流れていきました。


「ただいま」
大人しい声とともに勇斗様が戻ってきたのは、夕食の準備を行う直前でした。
「おかえりなさいませ、勇斗様」
「あ、うん、ただいま」
出迎えた私は見るなり、勇斗様は顔を赤らめてうつむきました。
これはもしかして・・・
急に心配が駆けめぐりました。
「勇斗様、熱があるのではないですか?」
「あ、いや、僕は平気だよ!」
勇斗様はぶんぶんと首を横に振りました。その態度がかえって怪しいです。
───勇斗様は私に余計な心配をかけないようにと思って、無理して平気な顔をしていらっしゃるのかも・・・
ふとそんなことを考えてしまいました。勇斗様はまだ幼いですけど、心根の優しい方のように見受けられますので。
でも、そうだとしたら、余計私に本当のことを言ってもらいたいと思いました。勇斗様をはじめ沢井家の皆様のお役に立つことが、私にとって何よりの喜びになるのですから。
だから、私は勇斗様の答えに対し、反対の行動に出ました。
「そのままじっとしていてください」
と言って、勇斗様のおでこに私の額を当てました。どうやら熱はないみたいです。しかし、それなら、どうして顔が赤いのでしょうか。
「うわあっ!」
勇斗様は、驚きの声を上げて後ろに飛びのきました。
その突然の行動に私のほうも驚きました。特に驚かせる要素はないと思うのですが、いったいどうしたのでしょうか。
「申し訳ありません。あの、私、何か驚かせるようなことをしてしまったのでしょうか?」
「あ、いや、急にリュミールが顔を近づけたから、僕てっきり・・・あわわっ、な、何でもないから気にしないでっ!」
勇斗様はさらに顔を赤くしながら一気にまくしたてると、一目散に走り出しました。
「あ、勇斗様!」
「本当に何でもないから気にしないで!」
そう言い残して勇斗様はいなくなりましたが、余計気になります。
確かに熱はなかったし、あれだけ走れるのなら体調に問題ないと思いますが、顔が真っ赤になっていたこととあからさまに態度がおかしかったことが気になりました。
「勇斗様、いったいどうしたのでしょうか・・・」
誰もいないなった廊下で、私は組み込まれた知識を検索してみましたが、まったく答えが出ませんでした。