無邪気な笑顔のもとで(part3)

太陽が一番高い場所に昇った頃、木塚博幸は彼女たちと待ち合わせをしている駅前の広場に向かっていた。
───これなら予定どおり5分前にはたどり着くな。
博幸は腕に巻いたデジタル時計を一瞥して時間を確認すると、駅前の交差点の横断歩道を渡った。
そして、計算どおり5分前に、待ち合わせの場所となっている広場に入ると、そこにはすでに同じ顔をしたふたりの少女が待っていた。
年の頃は小学生ぐらいで、赤いリボンで結ばれた小さなツインテールが愛らしい女の子だ。
そう、彼女たちは双子で、左側にいる少女が姉の雛菊らら、右側にいるのが妹の雛菊るるという。
双子の姉妹は博幸の姿を見ると、いかにも幼い子供らしい無邪気な笑みを浮かべ、こちらに駆け寄って来た。
「わーい!おにいちゃんだー!」
まずるるが勢いよく博幸の右腕にしがみついた。
「あ、るぅちゃんってば、ずるいっ!それなら、ららだって、えいっ!」
ららも負けじと反対側の腕に抱きつく。
「おにいちゃん、はやく行こっ!」
「おにいちゃん、こっちだよ!早く早く!」
「・・・」
博幸はるるとららに引っ張られるような形で歩き出した。
博幸たちが向かった場所は、駅前から出ているバスに乗り、15分ほどのところにある遊園地だった。
園内にこだまする無邪気な子供の笑い声。
行き交う人々に風船をくばって歩くマスコットの人形たち。
緑の芝生が敷き詰められた広場。
園内は休日ということもあってか、家族連れを筆頭に多くの客で賑わっていた。
「おにいちゃん。るぅ、のどが乾いちゃった。どこかでジュースを飲もうよ」
「そうか。それじゃあ、あそこの売店で休憩しよう」
博幸はるるとららを連れて近くにあった売店に入った。
「ふたりとも、飲み物は何がいい?」
「るぅはオレンジジュースがいいな」
「ららはグレープジュースがいい」
「分かった。すみません、オレンジジュースとグレープジュースとアイスコーヒーをお願いします」
博幸は店員にお金を払ってジュースを受け取ると、彼女たちと一緒に空いているテーブルに着席した。
「ねえ、おにいちゃんは何を飲んでるの?」
ららは博幸の持っている紙コップをまじまじと見ながら尋ねた。
「私が飲んでいるのはコーヒーだ」
「へえー、コーヒーって確かららたちのパパがよく飲んでいる飲み物だよね。ねえ、ららにもひと口飲ませて」
「あ、るぅも飲みたい!」
ららとるるが同時にせがむ。
「私は別に構わないが、ふたりの口には合わないと思うぞ」
博幸は紙コップを差し出しながら言った。
「るぅは大丈夫だもん」
「ららも平気だよ」
ふたりは一緒に紙コップを持つと、同時にコーヒーを口に含んだ。
その瞬間、ふたりは同時に顔をしかめた。
「これ、まずいよぉ・・・」
「にがーい・・・」
るるとららの仕草に、博幸はかすかな笑みを浮かべた。
「あ、おにいちゃんが笑った!」
それを見たららが声を弾ませた。
「あ、ほんとだ!わーい、初めておにいちゃんが笑った」
るるも飛び跳ねんばかりに喜んでいる。
「・・・」
突然、ふたりが歓喜の声を上げたことに、博幸は思わず戸惑いの表情を浮かべた。
「るぅたちね、今日、絶対におにいちゃんを笑わせようって決めてたの。だって、いつもおにいちゃん笑わないんだもん。だから、おにいちゃんが笑ってくれて、るぅはすごく嬉しいよ」
「ららもおにいちゃんが笑ってくれたからすごく嬉しい。ららは、何度もおにいちゃんに笑って欲しいな」
「そうか・・・」
幼い双子の姉妹の言葉を聞いて、博幸はふたたび笑みをこぼした。愛らしくて微笑ましいふたりの気持ちが何よりも嬉しかった。
「あ、おにいちゃんがまた笑った!」
「またおにいちゃんの笑顔が見れて嬉しいな。クスクスッ」
るるとららが自分のことのように大はしゃぎする。
「フ・・・」
博幸は、無邪気な笑みを浮かべる双子の姉妹に向かって、暖かいまなざしを送った。