無邪気な笑顔のもとで(part1)

うららかな太陽の光が差し込む昼下がりの午後───
浜貝憲吾は彼女たちと待ち合わせをしている駅前の広場に向かうため、全力で走っていた。
───しまった、完全に遅刻してしまった!
憲吾は腕に巻いたデジタル時計を一瞥すると、さらに走るスピードを上げた。そのかいがあり、20分かかるところを10分で広場にたどり着くことができ、30分の遅刻を20分に縮めることができた。
待ち合わせの場所となっている広場に入ると、そこには同じ顔をしたふたりの少女が待っていた。年の頃は小学生ぐらいで、赤いリボンで結ばれた小さなツインテールが愛らしい女の子だ。そう、彼女たちは双子で、左側にいる少女が姉の雛菊らら、右側にいるのが妹の雛菊るるという。
双子の姉妹は憲吾の姿を見ると、いかにも幼い子供らしい無邪気な笑みを浮かべ、こちらに駆け寄って来た。
「わーい!おにいちゃんだー!」
まずるるが勢いよく憲吾の右腕にしがみついた。
「あ、るぅちゃんってば、ずるいっ!それなら、ららだって、えいっ!」
ららも負けじと反対側の腕に抱きつく。
「おにいちゃん、はやく行こっ!」
「おにいちゃん、こっちだよ!早く早く!」
「お、おい・・・」
元気のいい小学生たちは憲吾を問答無用で引っ張って駆け出した。
憲吾たちが向かった場所は、駅前から出ているバスに乗り、15分ほどのところにある遊園地だった。
園内にこだまする無邪気な子供の笑い声。
行き交う人々に風船をくばって歩くマスコットの人形たち。
緑の芝生が敷き詰められた広場。
園内は休日ということもあってか、家族連れを筆頭に多くの客で賑わっていた。
「ねえ、おにいちゃん。るぅを抱っこして」
「え、抱っこ!?」
憲吾はひどく驚いた様子でるるを見た。
「うん、るぅね、おにいちゃんに抱っこしてもらいたいの。ね、ね、いいでしょ」
「あー!るぅちゃんずるいっ!ららもおにいちゃんに抱っこしてもらいたい!」
「うーん、さすがにふたりいっぺんには無理だぞ」
憲吾は頭をかきながら言った。
「それじゃあ、るぅたちのパパみたいに100歩、歩くたびに代わりばんこで抱っこして。おにいちゃん、お願い」
「それなら、確かにできるな。よし、それじゃあ、抱っこしてあげるよ」
「わーい!ありがとう、おにいちゃん!」
るるは何度も飛び跳ねて喜びを全身で表した。そんな愛らしい仕草に、憲吾の顔も自然とほころんだ。
「それじゃあ、どっちを先に抱っこしようかな・・・」
「おにいちゃん、るぅを一番に抱っこして」
「えー、ららが先だよ」
「るぅが先だもん!」
「ららが先だよ!」
るるとららが顔を見合わせ、自分の主張を貫こうとする。
憲吾はこのままでは喧嘩になると思い、ふたりの間に割って入った。
「ふたりとも、喧嘩は駄目だぞ。そうだな・・・えっと、それじゃあ、ここは妹のるぅちゃんから先に抱っこすることにしよう」
「やったあ!」
るるが両手を上げて歓喜の声を上げる。
「えー、なんでるぅちゃんが先なのぉ」
一方、ららは不満げな声を上げた。
「ららちゃんはお姉ちゃんなんだから、こういうときは妹のために我慢しないとね。いいかな?」
「うー、仕方ないなあ。そのかわり、100歩、歩いたらちゃんとららも抱っこしてね」
「ああ、もちろん、ららちゃんもるるちゃんと同じように抱っこしてあげるよ」
憲吾はららの頭を軽くなでて微笑んだ。
「おにいちゃん、早くー」
「はいはい、分かりましたよ。それじゃあ、えい」
憲吾はるるの小さな体を両腕で抱き上げると、胸のところに引き寄せ、歩き出した。
るるの体は憲吾が思っていた以上に軽かった。やはり小学生ということが大きな要因といえるだろう。そのため、憲吾はさくさくと100歩、歩くことができた。
「よし、次はららちゃんの番だね」
「やったあ!」
「えー、もう終わりなのぉ」
今度は先ほどとは正反対の表情をふたりが見せた。もっとも、顔と声が同じなので、何も変わっていないように感じてしまうのだが・・・
「おにいちゃん、よろしくね」
「おにいちゃんにまかせなさい」
憲吾はおどけた素振りを見せて、ららを抱き上げた。
こちらもるると同じくらいの重さだったので、まったく気にならなかった。
───これなら、そんなに苦にはならないな。
このときの憲吾は楽観的だった。
ところが、何度かふたりを3回ずつ抱っこしてから腕に疲労感を覚え、それが次第に全身に広がり、いつしか余裕がなくなっていた。
────こんなはずじゃなかったのに・・・
いかに最初の考えが甘かったかを痛感させられる。
憲吾は気力と根性で抱っこを続けていたが、ららを5回抱っこした時点で遂に力尽きた。
「ち、ちょっと、休憩させてくれ・・・」
憲吾がららを降ろすと、たまらず近くのベンチに座り込んだ。
「おにいちゃん、大丈夫?」
るるが心配そうに覗き込む。
「ああ、少し休めば大丈夫さ」
憲吾は額についた汗を拭い、乱れた呼吸を整えることに専念した。
「あ、そうだ。るぅちゃん、おにいちゃんに元気になるおまじないをしてあげようよ」
「あ、あのおまじないだね。パパもあれをすると元気になるって言っていたから、おにいちゃんもきっと元気になるよね」
「うん、そうだね。だから、おにいちゃんにららたちのとっておきのおまじないをしてあげるね」
ららは得意げな笑みを浮かべた。
「おまじないって何だい?」
憲吾が尋ねると、ららが楽しそうに笑った。
「それはねぇ、これだよ」
ららとるるは小さく笑って憲吾の両脇に立った。そして、ベンチに手をついてよじ登ると、同時に憲吾の頬にキスをした。
「ええっ!」
突然の出来事に、憲吾は思わず大声を上げてしまった。
「どお、おにいちゃん、元気になったでしょ。クスクスッ」
ららは小さなげんこつを作った右手を口もとに当て笑った。
「このおまじないはね、パパからパパ以外のひとにはしちゃ駄目だって言われていたんだけど、おにいちゃんは特別だからこれからもしてあげるね」
るるも愛らしい笑顔を浮かべる。
「ハハハ、ありがとう・・・」
幼い双子の姉妹の大胆不敵な言動に、憲吾はたじたじとなり、頭をかきながら照れ笑いを浮かべた。