Memorise Off2nd~Cross aubade~

第4章 刹那の邂逅

桜峰町にあるファミリーレストラン「ペニー」の店内には、男たちの視線を集めているテーブルがあった。
そこにいるのはふたりの少女で、ともに美人と呼ぶにふさわしい容姿をしていた。
「ねえねえ、彼女たち、俺たちと一緒に遊ばない?」
そんな彼女たちに、いかにもプレイボーイですといわんばかりの格好をした二人組が声をかけた。いわゆるナンパというやつである。
「あんたたちと遊ぶ暇なんてないわ。分かったら、さっさと向こうに行って」
その席に座っていたツインテールの少女が鋭い視線を男たちに投げかけた。
「そんなつれないこと言うなよ。俺たち、こう見えてもお金持っているんだぜ」
「しつこいわね。あんまりしつこいと店のひとを呼ぶわよ」
少女の視線がさらに険しくなる。
「チッ、可愛くない女だ」
その迫力に気圧されたのか、男たちは捨て台詞を吐いて立ち去った。
「ふん、これだから男は嫌いなのよ」
ツインテールの少女は不機嫌そうにつぶやいた。
今と同じことを言ったのはこれで6度目になる。これだけ続けば、いい加減にうんざりするのも無理はない。もうこれ以上、誰も声を掛けないで欲しいと少女は切に願った。
「これも詩音がいるせいかもしれないわね」
ツインテールの少女は、反対側に座っているロングヘアの少女を見ながら言った。
「あら、私は鷹乃さんのせいだと思いますけど。鷹乃さんは私と違って、綺麗ですから」
詩音と呼ばれた少女は、ツインテールの少女───寿々奈鷹乃に向かって微笑んだ。
「そ、そんなことないわよ。私よりも詩音のほうが女の子らしいし、美人だと思うわ」
鷹乃の顔がほんのりと赤みを帯びる。その様子を見て、詩音がクスリと笑う。
詩音と鷹乃は、高校時代に鷹乃の叔父が経営している本屋で知り合い、本を通じて友達同士になった。
通っていた高校は別々であったので、会う機会は少なかったが、長い間、交流を続け、現在に至っている。
こうして会うのは、高校卒業してからは初めてになるので、久しぶりの再会を楽しもうとしていたのだが、思わぬ邪魔が立て続けに入ったおかげで、ほとんど会話は進んでいなかった。
「それにしても、鷹乃さんは高校のときとまったく変わっていませんね。食欲も衰えていないようですし」
詩音は、鷹乃の顔と山積みとなった空の皿を交互に見渡した。
「食べることは、生きていく上で大切なことだからきちんと食べないとね。そういう詩音のほうこそ全然変わっていないわよ。紅茶を飲むときの仕草や癖なんか高校生のときと同じよ」
「そうですか。私はあんまり気にしていないのでよく分かりませんが、きっとそうかもしれませんね」
と言って、紅茶の入ったカップを口につけたあと、何気なく窓の外を見た。
そのときだった。
「と、智也さん・・・!」
横断歩道を挟んだ反対側の歩道に、見覚えのある人物を見かけ、詩音は思わず席から立ち上がった。
そして、それが本人なのかどうか確かめるため、目を凝らしてみたが、すでに智也らしき人物の姿は人込みの中に消えていた。
「ど、どうしたの、急に」
突然の出来事に、鷹乃が驚きの表情を浮かべながら尋ねる。
「実は私の知り合いが外にいるような気がしたのですが・・・」
詩音は小さく首を傾げながら答えた。
「ふーん、あ、ひょっとして、その智也さんって詩音の彼氏?」
鷹乃がいたずらっぽく笑う。その瞬間、詩音の顔がたちまち赤くなる。
「ち、違います。智也さんは高校で同じクラスメートだったひとです。ただ、卒業してから急にいなくなってしまったので、もうずいぶん会っていないですけど」
「いなくなったって、行方不明になったってこと?」
「ええ。詳しいことは分かりませんが、誰にも行く先を告げずに、家から飛び出したそうなんです」
詩音の言葉に、鷹乃は何か思い出したような顔をした。
「そういえば、私の高校時代のクラスメートに伊波君というひとがいたんだけど、彼も突然、この街からいなくなったのよね。なんか、詩音の話を聞くと、他人事のように思えないわ」
「そのひとって、鷹乃さんの彼氏ですか?」
先ほどの仕返しといわんばかりに、詩音が意味深な笑みを浮かべた。今度は鷹乃が顔を真っ赤になった。
「そ、そんなんじゃないわよ。伊波君はただのクラスメートよ。勘違いしないで」
「そうですか。鷹乃さんの口から男の方の名前が出るなんて珍しいので、もしかしたらと思ったのですが・・・」
照れている鷹乃の様子がおかしいのか、詩音はクスリと笑った。
「そ、そんなこというなら、詩音だって同じじゃない。本当は片思いをしていたんじゃないの?」
鷹乃は動揺しながらも反論した。思わぬ反撃に遭い、詩音は思わずたじろいでしまった。
「か、片思いだなんて・・・そんなことないです。ただし、ある意味特別な存在だったかもしれません。私が日本に来て初めてできた男友達ですから」
詩音はそう言って、テーブルに置かれているティーカップに視線を落とした。
「そういう鷹乃さんのほうはどうなんですか?伊波さんという方は、やはりただのクラスメートなのですか?」
詩音の問い掛けに、鷹乃は神妙な面持ちで考え込んだ。
「そうね、私も詩音と同じだと思うわ。私も伊波君が初めてまともに会話した男のひとだから・・・」
「そうですか・・・」
しばしの沈黙が訪れる。
「・・・よく考えると、これって初恋だったのかもしれないわね」
鷹乃は置いてあったオレンジジュースを一口飲んで、そう言った。
「私にはよく分かりませんが、ひょっとしたらそうかもしれませんね・・・」
詩音は紅茶を飲んでうなずいた。
詩音と鷹乃の共通点は、ずばり異性との交流がなかったところにあった。
お互い、意識的に異性との関わりを避けていたからである。
しかし、ふとしたきっかけにより、詩音は智也と、鷹乃は健と巡り会い、いつしか親しく話せるようになった。
初めてできた男友達は、ふたりにしてみれば、まさに特別な存在だといえた。
恋をしていたとは言い切れない。だけど、淡い思いは、無意識のうちに抱いていたかもしれない。
微妙な片思い。
微妙な関係。
断言できないあやふやな気持ちは、過ぎ去った時の中で確かに存在していた。
「また再会できるといいわね。その智也さんってひとに」
鷹乃は詩音に向かって穏やかな微笑みを送った。
「そうですね。鷹乃さんも伊波さんという方と会えるといいですね」
詩音も同じような微笑みをそのまま鷹乃に返した。
「そうね。いつか会えたらいいわね。もし再会できたら、詩音に紹介するわ」
「私も智也さんに会うことができたら、鷹乃さんに紹介しますね」
そう言って、詩音は窓の外に顔を向けた。
---それにしても、さっきあそこにいたのは本当に智也さんだったのかしら?それとも、私の見間違いだったのかしら?
詩音は細い眉をひそめながら、自分が先ほど見た光景を何度も思い出した。