Memorise Off2nd~Cross aubade~

第1章 Vorspiel

斜陽を受け、広大な海の色が青からオレンジに変わっていく。
まるでもうすぐ夜が訪れることを告げるかのように。
オレンジの海は、一定のリズムを刻みながら、独特の調べを奏でていた。
その調べはどことなく儚げで、もの寂しさを漂わせていた。
そんな海を白い砂浜の上からじっと眺める少年がいた。
空から海に向かって吹き降ろす風が、少年の髪と衣服を激しく揺らす。
それでも少年はまったく動じることなく、はるか遠くを見ていた。
どれだけここにいたのだろうか?
はっきりとは覚えていないが、かなり長い時間いたことは、冷え切った体から容易に想像できた。
「帰るか・・・」
そうつぶやくと少年は、海に背を向け、歩き出した。
海岸線にある道路を東に向かって歩いていくと、左手のほうに小さな公園が見え始めた。
そして、その反対側に古ぼけた小さなアパートがひっそりと建っていた。
今時では滅多にお目にかかれないほど、年季の入ったアパートで、玄関先の柱には『鏡塚荘』と書かれている看板が飾られていた。
庭とおぼしき場所には、名もない雑草が遠慮なく伸び放題に伸びており、ここの管理のいい加減さが手に取るように分かる。
しかし、少年はそんなことなどまったく意に介さず、玄関のドアを開けて中へ入った。
うっすらと誇りが浮かぶ階段を登るたびに、ミシミシと嫌な音を立てる。
少年は2階にある自室に入ると、そのまま倒れ込むように畳の上に転がった。
あおむけになると、薄暗い天井が視界に飛び込む。
少年は、天井の一点を見つめたまま、過去を振り返った。
ここに来たのは今から半年前───桜の花が満開に咲き乱れる季節だった。
少年は高校を卒業したのと同時に、住んでいた街を離れ、ここ桜峰にやって来た。
少年が生まれ育った街には、数多くの思い出が残されていた。
しかし、思い出は楽しいものばかりとは限らない。
つらくて悲しい思い出だって存在するのも事実だ。
少年はある事件をきっかけに、心に大きな傷を受けた。
そして、それは深く刻み込まれ、決して癒されることがなかった。
もうこの街にはいたくない・・・
こうして、つらくて悲しい思い出から逃げるように、少年は街を離れた。
場所はどこでもよかった。
いっそのこと地獄でもいいとさえ思ったときもある。
そのほうが楽になれると考えていた時期もあったからだ。
ところが、やはり自分は、簡単に死を選べるほど強くはなかった。
結局、死の恐怖に勝てずにさ迷い続け、気が付けば、この『鏡塚荘』にたどり着き、現在に至っている。
───俺は何もかも忘れたい・・・
これが今の少年の願いだった。
とそのとき、不意に水滴を弾く不規則な音が部屋中に響き渡った。
少年が外を見ると、先ほどとはうって変わって、激しい雨が降り出していた。
暗い部屋に鳴り響く雨音を耳にした瞬間、少年は胸が締め付けられるような痛みを感じた。
激しく降り注ぐ雨・・・
道路に残された白い傘・・・
そして・・・
少年の頭の中で忌まわしき過去の映像がフラッシュバックしていく。
───やめろ!
少年が目を閉じ、耳を塞いで苦悶する。
雨の日に必ず見てしまう過去を必死に振り払おうとするが、結局、また思い出してしまった。
───あのとき、俺があんなことを言わなければ・・・!
少年は激しく自分を責めた。
「・・・彩花・・・」
記憶の断片を司る言葉が自然と口からこぼれた。
とたんに少年の胸の痛みがさらに激しくなる。
少年───三上智也は暗くてせまい部屋の中で、夜が明けるまで罪の意識に苦しんだ。