ダ・カーポⅡ外伝~TIME WILL SHINE~
暗澹たる闇の中で私はずっと考えていた。何故、私は生まれてきたのだろうかと。
今の私に自由はなかった。許されているのは、この真っ暗な世界を見ることだけだった。どうしてこんなふうになってしまったのか私には分からなかった。ちゃんと与えられた役目を果たしていたはずなのに・・・
だから、私は生まれた理由を知りたかった。そして、自分の存在意義を確かめたかった。少なくともこんな目に合うために生まれてきたとは思いたくない。そう思えば思うほど知りたい気持ちが高まっていった。
そのためにはかつて私が見ていた光ある世界へ出る必要がある。そこに探している答えがあるとは限らないが、この場所に留まっていても何も変わらないので、外の世界に一縷の希望を託すしかなかった。それに、そこに自分が求めている答えがある気がなんとなくしていた。
私は持てる力のすべてを叶うかどうか定かではない願いに変えた。
世界がより一層深い闇色に染まっていった。
目を開けると、ガラス越しに無機質なコンクリート性の天井が見えた。
辺りを見回すと、自分が機械的な容器の中にいて、そこから延びている装置とおぼしき小さな金属がついている線が体中に付けられていることが分かった。
ここはどこ?
これが最初の疑問だった。
いくら考えてみても疑問は解決しなかった。この場所にいる理由すら知らないのだから、分かるはずがない。
そのときだった。
突然、女性の顔が視界に飛び込んできた。
理知的で冷淡な瞳が私を観察するように静かに動いている。私は反射的に畏怖の念を抱いた。
そんな私の様子を悟ったかのように女性が微笑んだ。まるで別人ではないかと思わせるような穏やかな笑顔だった。
「お目覚めのようね」
女性は私が入っている器の横に手を置いた。すると、私と外界の境目になっていてガラスの蓋が開いた。
私が起き上がろうとすると、白い衣をまとった女性が手で制した。
「そのままでいいわ。そのかわり、正直に私の質問に答えて。いいわね?」
女性の言葉に私は肯定も否定もできなかった。
「あなたの名前は?もし、なければ製造番号でも構わないわ。どちらかを言って」
名前?名前って何?製造番号って何?
新たな疑問が誕生する。
「分からなければ分からないって言って頂戴。そのことであなたを責めたりしないから安心して」
女性は子供に言い聞かせるような口調で言った。
「・・・分からない・・・」
それに対し、私はそう答えることしかできなかった。本当に分からないのだから。
「じゃあ、あなたのマスターは誰か分かる?」
「・・・分からない・・・」
またしても未知の単語が出てきて、私の混乱はさらに深まった。
「そう・・・何も知らないみたいね・・・」
女性はその場で考え込み始めた。
「それじゃあ、私が知っている範囲でのあなたの状況を説明するわね。あなたは桜公園で倒れていたところを民間人に発見され、ここ天枷研究所に搬送されてきたの。そして、私たちのほうであなたのスペックや状態を調査した結果、あらゆる部分で解析不能という結果が出たの。こういうケースは初めてのことで、正直どう対応したらいいのかこちらも困っていて、検討しているというのが現状よ。もっとも、一番困っているのはあなた自身でしょうけどね」
まったくもってそのとおりだった。
「とりあえずは当分の間は、調査を続行するためここで預かることになるわ。まずは基本的なプログラムを組み込む必要がありそうだから、明日からそれを実行するわね。詳しいことはその作業をしながらおいおい教えていくわ。その前にあなたの名前を決めないといけないわね。名前がなければ呼ぶとき困るものね。あなたの名前はそうねえ・・・うん、リュミールっていうのはどうかしら?」
「リュミール・・・」
「そう。あなたの名前は今日からリュミールよ」
「私の名前・・・リュミール・・・」
私はぎこちなく新鮮な単語を口ずさんだ。何か不思議な感覚に見舞われた。どう表現していいのか分からなかったが、なんとなくいい感じがした。
「そう、あなたはリュミール。そして、私は水越舞佳。よろしくね」
「ミズコシマイカ・・・?」
私を見て、ミズコシマイカが可笑しそうに笑った。何が可笑しいのだろうか。
「これはあとで嫌でも覚えるから今は気にしなくていいわ。とりあえず今日はゆっくり休みなさい。明日からはお互いにいろいろ忙しくなると思うから、休めるうちに休んでおかないとね」
ミズコシマイカはそう言うと、私の頭を軽く撫でた。
「おやすみなさい。リュミール」
立ち去るミズコシマイカの背中を私は無言で見送った。
なんとなく少し肌寒い感覚に見舞われた。