真夏のダンスパーティー
砂浜にいた朝倉純一は、素足で無邪気に波とたわむれる少女に穏やかなまなざしを送っていた。
「おーい、純一君も一緒に入ろうよ。とっても気持ちいいよ」
「いや、俺はここで見ているよ」
純一はやんわりと断った。別に入っても構わないのだが、なんとなく今のことりの姿を眺めていたいと思ったからである。
「えー、入ってくれないの。つまんないなあ。それじゃあ、ここで歌っちゃおうかな」
ことりはそう言って回れ右をして沖に向かって立つと、一度大きく深呼吸をしたのち歌いだした。
「君のその手にー宿る絆のー・・・」
透きとおるような声が澄み渡る青空に吸い込まれていく。
潮騒のバックコーラスに合わせて流れることりの歌声に、純一はたちまち心を奪われた。純一の目に映る彼女は太陽に負けないくらいの輝きを放っていた。その根幹にあるのは純粋に歌が好きだという気持ち。純一は改めてことりの歌に対する思いを感じ取った。
彼女の歌が終わった瞬間、純一は自然と手を叩いた。
「やっぱりことりの歌は最高だ」
率直な感想を述べる。
「ありがとう。純一君にそう言ってもらえると一番嬉しいよ」
ことりは、とびっきりの笑顔で答えた。その笑顔は歌声に負けないくらいまぶしかった。
「ねえ、純一君。私と一緒にダンスしよ」
「え?ダンス?」
急な申し出に純一はいささか面食らった。
「どうしたんだ、急に」
「理由なんて特にないよ。ただ、ここで今、純一君とダンスしたいと思っただけ。ね、いいでしょ」
お願いモードのまなざしで純一を見る。そんな目で見つめられたら、もうOKサインを出すしかなった。
「しょうがないなあ。でも、俺はダンスなんてよく知らないけど、それでもいいのか?」
「うん、全然問題ないよ。自然と踊ればいいから」
「難しい注文だな」
純一は苦笑しながら、ことりの待つ波打ち際へ歩いた。
ことりが、はにかみながら純一に向かって左手を差し出した。純一はその可憐な手を取って、空いている手を華奢な肩に置いた。
必然と密着し、ことりの顔が間近に迫る。ことりから漂う甘い香りが純一の胸を高鳴らせた。
───やっぱりことりは可愛いな。
十分すぎるほど分かっているはずなのだが、改めてそう思わずにはいられなかった。
「純一君は私の動きに合わせるだけでいいからね」
「お、おう」
小鳥とは対照的な表情で純一が答えた。
水色の旋律を聴きながら、ことり主導のダンスが始まった。滑らかにステップを踏むことりに対し、純一の足取りはセメントなみに固かった。ダンスに無縁なのに加えて、ことりの小悪魔みたいな魅力による緊張がのしかかっているのだから、無理のないことだといえよう。
それでもなんとかしようと、純一は必死に合わせようと試みたが、足がもつれてしまい、一気に態勢を崩した。
「うわっ」
「きゃあ」
純一はことりを道連れにする格好で、海水の中に倒れこんでしまった。ふたりは、ものの見事にずぶ濡れになった。
「ごめん、ことり」
純一は力なく謝った。自分自身の不器用さが情けなくて、穴があったら入りたい心境だった。
「服がびしょ濡れになっちゃった・・・」
ことりは両膝をついたままワンピースに目をやった。
「本当にごめん」
再度平謝りをした瞬間、純一の視線がことりに釘付けとなった。着ていたことりのワンピースが透けて、下着がくっきりと見えていたからである。
純一の視線に気づいたことりは、顔を真っ赤にさせて両腕で体を隠した。
「純一君のえっち」
頬を膨らませながら上目遣いで見る。
「ごめん!わざとじゃないんだ!」
再々度の平謝り。それしかできなかった。
しかし、ことりは厳しかった。
「許してあげない」
「ぬおおおおっ!どうしたら許してもらえるんだあ!」
純一は思わず天に向かって吠えた。この際だ、神でも仏でも悪魔でも、とにかく誰でもいいから罪深き自分を救う方法を教えてもらいたかった。
「・・・キスしてくれたら許してあげてもいいよ・・・」
「へ?」
間の抜けた声を出す純一。
「だから、キス・・・してくれたら許してあげる・・・」
ことりは恥じらいながら言った。
「それで許してもらえるのなら、お安い御用だ」
純一は安堵して膝をついたままの体制でことりに近づき、砂の上にある彼女の手を軽く握った。
「純一君・・・」
ことりが微かな嬉しさを込めた微笑みを浮かべる。
「俺はことりが好きだ。だから、ついえっちな目で見ることもあるんだ」
我ながら変な言い訳だと思いつつも、掛け値なしの本心を口にした。ことりには本当をことを素直に伝えるのが一番だと知っていたからである。
「私も純一君のことが大好きだよ。本当はね、純一君になら、別にえっちな目で見られても嫌じゃなかったの。でも、他の女の子を同じ目で見たりしちゃ嫌だよ」
「分かってる」
力強くうなずく。
「約束だよ・・・」
「ああ、約束する」
純一はことりにキスをした。
甘さの中に微妙な塩味のするキスだった。