ふたりだけの約束

智也は額についた汗を拭った。ここは学校の図書室。当然のことだが、さまざまな本がところ狭しと並んでいる。智也は本という存在の重さを、このとき思い知らされた。
一冊一冊はたいした重さではないのだが、数が膨大になると、整理するだけでかなりの重労働になる。運動不足気味の智也にとっては、これはかなりきつかった。
そばにあった最後の一冊の本を棚に入れ終わると、智也はため息をついた。
───あいつはいつもこんな作業ばっかりやってんだな。
智也は別の本棚のほうに顔を向けた。
「おい、詩音。こっちの本棚は終わったぞ」
「そうですか。それじゃ、すみませんが、受け付けの上に置いてある本を、こっちに持ってきてくれませんか」
長い髪を揺らして詩音が振り返った。その顔は生き生きとしていた。本が好きなのは知っているが、こんな重労働で目を輝かせられる詩音に、智也は思わず感心してしまう。
「受け付けだな・・・って、まだあんなにあるのか!?」
受け付けの机に置いてある本の山を見て、智也はがく然となった。
図書委員をしている詩音の手伝いをしてやると言ったのが自分なので、後悔する権利なんかないのだが、つい後悔してしまった。
うつむき加減で受け付けのほうに足を運んだ。
「これだけあると、二回に分けて運ぶしかないな」
智也は両手で本を抱えて詩音のいる棚へ向かった。その途中で突然、
「きゃあああ!!」
詩音の悲鳴が響き渡った。
「し、詩音!」
智也の視界に脚立から足を踏み外し、宙に舞った詩音の姿があった。
「まずい!」
智也は本を放り投げ、全力で駆け出した。
「間に合えー!!」
決死のダイビングを敢行する。一気にふたりの距離が近くなる。腕に柔らかい感触が伝わった直後、智也は意識を失った。
ほのかな柑橘系のにおいが智也の鼻をくすぐった。
「う・・・ん・・・」
智也が目を覚ますと、そこには心配そうに覗き込む詩音の顔があった。
「詩音・・・」
智也はゆっくりと寝ていたベッドから起き上がった。どうやら意識を失ったあと、保健室に運ばれたようだ。
「詩音、おまえ、怪我しなかったか?」
智也の質問に、詩音は無言でうなずいた。
「そうか、よかった、詩音が無事で・・・」
「よくないです・・・」
詩音は胸のあたりを、右手で小さく握りしめ、顔をうつむかせながらつぶやいた。
「え?どういうことだ?」
言葉の意味が分からず、戸惑う智也。
「なぜ、あんな無茶をしたんです!私なんかのために・・・」
「なぜって、詩音が危険な目に合っているのに、放っておけるわけないだろ」
「そんなに私は頼りないですか!?私は自分のせいで、智也が無茶をするのは嫌です!もし、智也に何かあったら私は・・・私は・・・」
詩音は嗚咽まじりの声で訴えた。
「詩音・・・」
智也は詩音の背中に手を回して、そっと抱きしめた。
「なあ、詩音。もし、俺が目の前で危険な状況になっていたらどうする?」
「もちろん、助けるに決まっているじゃないですか」
大粒の涙を浮かべた瞳で、智也を見つめながら答えた。
「それと同じだよ。だから、俺も詩音が危険な目に合っていたら、どんなことをしてでも、
助けてやりたいんだ。たとえ、それが自分の身を危険にさらすことになってもな。俺はも
う二度と大切なものを失いたくないんだ」
智也は詩音の髪を軽く撫でた。
「詩音、おまえの気持ちはすごく嬉しいよ。大丈夫、俺はどんなことがあっても、詩音をひとりぼっちにはしない。俺だって詩音とずっと一緒にいたいからな」
「智也・・・約束してくれますか・・・絶対に私をひとりにしないって・・・」
詩音は智也を見つめたまま尋ねた。
「ああ、約束する」
智也は笑って、詩音の涙を指で拭った。
「約束ですよ・・・」
詩音は顔を上げ、そっと智也に口づけをした。