もえの極意

今年は元旦早々から仕事だった。内容は神社の手伝いで、境内の見回りが主な業務となっていた。
双葉恋太郎は、厚い雲のような人ごみに押し流されながらお勤めを果たしていた。
はっきりいって正月から仕事はしたくなかったが、そんなことはいっていられない。探偵にはお盆も正月もないのだから。そう、依頼というのはいつ何時あるのか分からない。あったら、可能な限り引き受ける。それがこの業界で生きていくための習わしなのだ。
恋太郎は押し寄せる人の波をかきわけながら歩いた。境内はそれほど大きくないのだが、いかんせん人が多すぎるため、思うように進めない。そのため、普段よりも倍の時間と労力がかかった。
───だあああっ、なんでこんなに人がいるんだ!別に神社に行くのは正月じゃなくてもいいだろ!
あまりの狭さと息苦しさに恋太郎は心で叫んだ。
そんなこんなで四苦八苦しながら巡回ルートを回り終え、スタート地点でもあった売り場へ戻ると、巫女服を着た一条薫子と菫子が出迎えてくれた。
「恋太郎ちゃん、お疲れ様」
薫子は笑顔で駆け寄ってきた。
「正直こんなに大変だとは思わなかったッス」
恋太郎は力のない笑みを浮かべた。
「急にこんなことを頼んでごめんなさい。でも、来てくれて本当に助かったわ」
「それは構わないッス。菫子さんたちの頼みですから。それに久しぶりに里帰りもできたんで問題なしッス」
菫子の言葉に恋太郎は首を横に振った。
「よかった。だって恋太郎ちゃんに帰ってもらうには、この方法しかないって思ってたもの」
「へ?」
「菫子ちゃん!」
「あ、なんでもないの!こっちのはなし」
菫子は慌てた様子で言った。
「そうそう、なんでもないから気にしないで。それより私たちも今休憩になったから、よかったら今から一緒にお参りに行かない?」
「いいッスよ」
恋太郎は快く薫子の誘いを受けた。
「やったね、薫子ちゃん」
「よかったね、菫子ちゃん」
双子の巫女は顔を見合わせながら無邪気に笑った。


本堂までの道のりはそれほど遠くなかったが、この時期ならではの人ごみのせいでいつもの倍くらい長くなっていた。
「ねえ、恋太郎ちゃん、子供の頃ここでお参りに行ったときのこと覚えてる?」
本堂へ向かう行列の中で薫子が尋ねた。
「うーん・・・そういえば、おみくじを引こうとしたときに何かあった気が・・・」
思い出しそうで思い出せない。それが結構もどかしかった。
「やっぱり覚えていないんだ。まあ、子供のときのことだから仕方ないか」
薫子はがっかりしたような表情を浮かべた。
それを見て恋太郎は自分の記憶力のなさを責めた。
「申し訳ないッス」
「ううん、気にしないで。あのときね、お参りしたあとにおみくじを引こうとしたら、全部なくなっていて引けなかったの」
「そうそう、そして来年こそは早く行っておみくじをやろうねって言ったんだけど、恋太郎ちゃんが村を出て行って、それっきりになっていたの」
菫子が話に加わる。
「そうだったんスか。それなら、今度は必ずやりましょう」
「うん」
薫子はうなずいた。
「あ、私たちの番が来たみたいよ」
「よし、お参りを済ませておみくじを引きましょう」
『うん!』
三人はお賽銭を投げて手を合わせた。
───今年こそは毎日三食食べられますように。あと、仕事がいっぱい来ますように。
これが恋太郎の願い事だった。切実な願いだった。
お参りを済ませたあと、恋太郎たちはおみくじのある場所へ移動した。今度はしっかり残っていた。
「ねえ、三人でひとつのおみくじを引かない?」
と提案したのは薫子だった。
「あ、それって私たちが同じ運命を共にするって感じがしていいわね」
菫子はその意見に賛同した。
「でしょ。恋太郎ちゃんはどうかな?」
「ふたりがそうしたいのなら、それでいいッスよ」
「ありがとう!それじゃあ、みんなでおみくじを選びましょう」
三人はおみくじの山からひとつを選んだ。
「恋太郎ちゃん、代表して開いて」
「分かったッス」
薫子の言葉を受け、恋太郎はくじの封を解いた。
その瞬間、三人はその場で固まってしまった。
「だ、大凶・・・」
「大凶だね・・・」
「大凶ッスね・・・」
しばしの時が流れる。
「そんな・・・」
「ううっ、神様の意地悪・・・」
薫子と菫子はガックリと肩を落とした。
「ハハハハハハ!」
それに対し、恋太郎は大声で笑った。
『れ、恋太郎ちゃん?』
突然の変貌にふたりは驚きをあらわにした。
「大凶がなんだ!逆に燃えてきたッス!大丈夫ッスよ、薫子さん、菫子さん!どんな困難があっても、三人で力を合わせれば絶対に乗り越えられるッス!それに厳しい困難を乗り越えた先にこそ輝かしい未来が待ってるっス!そう思えば、大凶大歓迎!大凶ウェルカムッス!」
恋太郎は天に向かって叫んだ。
薫子と菫子はしばらくあっけにとられながら恋太郎を見たあと、同時に吹き出した。
「アハハハハ、恋太郎ちゃんらしい考えね!」
「確かに恋太郎ちゃんの言うことにも一理あるわね。恋だって障害が高ければ高いほど燃えるし、そう思えば大凶なんてたいしたことないよね」
と菫子が納得顔で言う。
「うん、そうだよね。厳しい運命を乗り越えてこそ本当の愛が生まれるはずだものね」
「ふたりとも、今何か言ったスか?よく聞こえなかったんッスけど・・・」
不意に恋太郎が尋ねる。
「う、ううん、たいしたことじゃないよ」
「そうそう、たいしたことじゃないの。ちょっと内緒の話をしていただけだよ」
薫子と菫子はほんのり顔を赤らめながら慌てて答えた。
「ふたりとも、今日はなんか秘密の話が多いッスね」
恋太郎は怪訝に思いながら言った。
「女の子には必ずいくつかの秘密があるんだよ」
「そういうこと。女の子は秘密だらけなんだよ」
双子の姉妹は同時に笑顔を見せた。
「よし、このおみくじを笑いながら三人で木の枝に結びつけますか」
「どうして笑いながらなの?」
菫子は首をかしげた。
「笑う門には福来たるってやつッス。こういう湿っぽい気持ちになったときは笑い飛ばすに限るッス」
恋太郎は笑顔で答えた。
それにつられるように菫子も笑顔を浮かべた。
「なるほど。それはグッドアイデアだね」
「それじゃあ、三人で笑っちゃいましょう」
薫子の言葉を皮切りに、恋太郎たちは大声で笑った。
三人の笑い声は、正月の喧騒にかき消されることなく、どこまでも駆け抜けていった。