三色の木洩れ日の下で

今年の春待月(はるまちづき)は厳しい寒さに見舞われた。しかし、新宮寺時雨はそれほど寒いと感じなかった。彼の両隣に双子の姉妹がぴったりとくっついていたからである。
時雨は双子の姉妹と商店街の中を歩いていた。何種類もの色で構成された明かりが壁や天井といったところで点滅を繰り返し、軽快な音楽が華を添えるように流れている。人の数も普段とは比較にならないほど多く、活気と熱気に包まれていた。
今宵はクリスマス───本来、日本とは縁もゆかりもない行事なのだが、何百年の時を経た現在では、定番の行事となっている。特に子供を持つ大人や相思相愛の恋人にとっては、それぞれ違った意味で重要なイベントになっていた。
後者に該当する3人は、洋服屋とおぼしき店の前に立っていた。
「ふたりとも、本当にこれだけでいいのか?」
時雨は交互の双子を見て尋ねた。
「うん、私たちはこうして見ているだけで十分楽しいわよ」
右腕にいる赤いリボンをつけた長い髪の少女───桜月キラがその問いに答えた。
「あの、やっぱり時雨さんは退屈ですか?男の方ってウインドウショッピングなんてしないと思いますし。もし、そうだったら時雨さんの行きたいところに行きますけど」
続いて反対側にいた妹の桜月ユラが答える。当然のことながら彼女はキラと同じ顔をしていたが、髪に青いリボンをつけているので、それで判別することができた。もっとも、性格が対照的なので、リボンがなくても見分けることはできるが。
「いや、俺のことは気にしなくてもいい。ふたりがやりたいことをやればいいさ」
時雨は小さく首を横に振った。正直なところ、ただ店を見回るだけで何が楽しいのか理解できなかったが、本人たちが楽しいというのなら、それでいいだろう。
「そういえば、時雨君は私たちと出会う前のクリスマスってどんなふうに過ごしていたの?」
キラが質問する。
「俺は家で都姉ちゃんが作ってくれるクリスマスケーキを爺やや使用人たちと一緒に食べていたな」
「そうなんだ。都さんが作るケーキならすごくおいしいでしょ?」
「ああ。自分の姉の自慢話になるけど、姉ちゃんのケーキはすごくおいしいぜ。特に爺やがああ見えてもケーキに目がなくて、すごい勢いで食べるんだ」
時雨は長年新宮寺家に仕える執事の食べる様を思い出して苦笑をもらした。
「都さんはなんでもそつなくできるひとだものね。ちょっと選択を失敗しちゃったかもしれないわね」
「ん、最後のほうの言葉がよく聞こえなかったけど、なんて言ったんだ?」
「う、ううん、何でもないわ。単なるひとりごとよ。それより時雨君、このあと行きたい場所があるんだけど、いい?」
「ああ、いいけどどこに行くんだ?」
「それは着いてからのお楽しみよ。ね、ユラちゃん」
「はい、私たち今年はどうしてもそこに行きたいんです。だから、よろしくお願いします」
にっこりと微笑むキラと真面目な顔をするユラ。
「それじゃあ、あと奥にあるお店をひととおり見て行きましょ」
積極的な姉と控えめな妹は、共通の想い人をうながした。


時雨たちが向かった先は商店街から電車で10分ほど進んだ場所にある教会だった。
ラ・ロトランダ(ヴィラ・アルメリコ・カブラ)をモチーフとして作られたチャペルは、イエス・キリストの生誕を祝うかのように銀色のイルミネーションと柑子(こうじ)色のキャンドルライトでライトアップされており、世の光の加護を生み出しているかのようであった。
「おおっ、これはすごいな。まさか俺の住んでいる場所にこんなところがあるとは思わなかった」
時雨はクリスマスの夜に見せた教会の美しさに感嘆した。
「ここは前にユラちゃんと行ったことがあるの。それでね、いつか好きなひとができたらそのひとと一緒に行こうって決めていたの。だから、今年は絶対に時雨君と一緒に行きたかったの。初めて好きになったあなたとね」
キラは嬉しそうな顔をして言った。
「そして、ここでキャンドルに火を灯して願い事することが私たちの夢だったんです。あなたとこうして一緒に来ることができて、私すごく幸せです」
ユラも微笑む。キラが太陽の輝きを持つ笑顔に対し、こちらは月光のような笑顔だった。
彼女たちの思いを知り、恥ずかしさと嬉しさが同居した気持ちが一気に込み上げる。時雨はそこまで思われる自分が果報者であることを強く認識した。
「そうか。そう言われると俺もすごく嬉しいな。よし、ロウソクがなくならないうちに早く行こう」
時雨たちは長蛇の列に加わった。
それから礼拝堂までたどり着くのに30分の時を要した。中はヨーロピアンアンティークの厳かと格調の高さを兼ね備えた造りとなっており、敬虔なクリスチャンでなくとも片膝を折りたくなるような空気に包まれている。多彩なステンドグラスの下にはこの日のために設けられた小さな祭壇があり、クリスタルのキリスト像と無数のキャンドルが置かれていた。
時雨たちは、やっとの思いで仮の祭壇の前にたどり着くと、礼拝堂の入り口で受け取った3本のキャンドルに火を灯した。そして、他のキャンドルと同様にキリスト像の前に置いて目を閉じた。
「フフフ、私、時雨君とずっと一緒にいられるようにってお願いしちゃった。これで神様が私たちの仲をずっと祝福してくれるわ」
「私もキラちゃんと同じ願い事をしました」
悲願を達成できた双子の姉妹は、心底嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう。俺もふたりといつまでも一緒にいられるようお願いしたぞ」
時雨はそう言って天井を見た。ゆっくりと頬が熱を帯び始める。やはり当人を目の前にして、素直に言うのはかなり恥ずかしかった。
「わあ、嬉しい!」
キラは目を輝かせながら時雨の右腕に抱きついた。
「あ、ありがとうございます、時雨さん」
ユラのほうはうっすらと目に涙を浮かべながら反対側の腕にそっと両腕を回して体を寄せた。
「さあ、あとがつかえているみたいだから早く出ようか」
時雨は背後に不特定多数の殺気とおぼしき気配を感じたので、ふたりをうながし礼拝堂を後にした。
教会の横には一本の大きなモミの木があった。それもやはりクリスマス仕様の飾り付けが施され、赤と緑と白の木洩れ日が藍色の空間を照らしていた。クリスマスを彩る色は主にこの3色が基本とされている。
赤はイエス・キリストが流した血の色、愛と寛大さ。
緑は永遠の命と神の永遠の愛。
白は純潔。
というような意味を持っているらしい。こちらは教会が目立っていることに飾り付けの少なさによる存在感の薄さが手伝って、まわりにはほとんどひとがいなかった。
「時雨君に受け取ってもらいたい物があるの」
キラは持っていた鞄から赤と白のチェック柄の包装紙に包まれた箱を取り出した。
「これは私とユラちゃんで作ったアップルパイなの。都さんのケーキと比べるとたいしたものじゃないけど、是非あなたに食べてもらいたいの」
「あの、お口に合うかどうか分かりませんけど、よかったら食べてください」
「ありがとう。じっくり味わって食べさせてもらうぜ」
時雨が箱を受け取ると、キラとユラは顔をほころばせた。
「俺もふたりにプレゼントがあるんだ」
と言って小さな包みを双子の姉妹に差し出す。
「ねえ、今開けてもいい?」
「ああ」
キラとユラは同時に包装紙を丁寧に剥がして箱を開けた。中にあったのは星の輝きを放つサファイアのブローチだった。
「うわあ!これってスターサファイアだよね。本当にこれをもらっていいの?」
「もちろん。逆に受け取ってもらえなかったらがっかりだ。何しろ、それを買うのに小遣いを全部使い果たしたからな」
時雨は苦笑しながら答えた。
「本当は家のお金を使えば、最高級の物を買えたんだが、今回はどうしても俺自身の力だけでプレゼントを贈りたかったから、この程度のスターサファイアしか買えなかったんだ。ふたりには悪いと思ったけど、今はこれで許してくれ」
日本屈指の大企業の御曹司である時雨が父親に頼んで財力を行使すれば、彼女たちに最高のプレゼントを贈れたのだが、それだけはどうしてもしたくなかった。「新宮寺家の後継者」としてではなく、「新宮寺時雨」としてキラとユラにプレゼントを渡したかったからである。
「ううん、私にとってはこのプレゼントがどんな高価な宝石よりも一番嬉しいわ。ありがとう、時雨君」
キラは宝石を包んだ両手と声を震わせながら言った。心なしか瞳が潤んでいた。
「私、時雨さんがくれたブローチを一生の宝物にします。本当にありがとうございました」
ユラも姉と同じ姿を見せる。双子の姉妹の喜びようが時雨の心に歓喜の泉を湧き上がらせた。それでこそプレゼントを贈った甲斐があったというものだ。
そのとき、天空に広がる紺色のヴェールから純真の結晶が舞い落ち始めた。
「あ、雪」
ユラは手のひら上にかざした。
「フフフフ、さっそく神様がお願いを聞いてくれたみたいね。実はさっき今日がホワイトクリスマスになるようにって一緒にお願いしてたの」
「あ、そうなの。実は私もキラちゃんと同じお願いをこっそりしていたの」
双子の姉妹は顔を見合わせて笑った。
「きっとふたりの行いを見ていた神様が願いを叶えたんだな」
時雨もつられて小さく笑った。
「でも、プレゼントの件では時雨君には悪いことしちゃったわね。私たちもアップルパイなんかじゃなく、形に残るものにすればよかったわ」
キラが残念そうにつぶやく。
「そんなこと言うなよ。俺はふたりのプレゼントならトカゲや蛇でも大感激だぜ」
「あ、ひどい。私たちそんなひどいものを贈ったりしないわよ」
「そうです。私たちは時雨さんにそんなものをプレゼントなんてしません」
キラとユラが同時に頬を膨らませて抗議する。怒ったときの顔もそっくりで、またとても可愛かった。
「ハハハ、そう怒るなって。ふたりがくれるものならどんなものでも嬉しいって意味だからさ。それに形に残るものはこうしてあるから、俺はそれだけで十分だ」
時雨は右にいるキラと左にいるユラの肩を同時に抱き寄せた。小さな冬の使者の来訪で外は身を切るような冷え込みになっていたが、かえってふたりの恋人のぬくもりをしっかりと感じることができ、とても心地よかった。キラとユラの体の感触も長い髪から漂うシャンプーの匂いも繊細な唇からこぼれる白い吐息も、すべてが愛おしかった。双子の姉妹の好意は、いつも時雨の心を熱くさせる。そこまでさせる彼女たちだからこそ、自分も全力でその気持ちに応えたい。キラとユラの喜ぶ顔がいつでも見られるようにするために。両の腕に抱いているふたりの少女の存在を意識しながら、改めて彼女たちのために頑張ろうと強く思った
「ねえ、時雨君。来年もまた3人でここに行こうね。そして、いつか結婚するようになったら式はこの教会でやろうね」
キラはそう言って、時雨の右腕に頬をすり寄せた。
「え、結婚!?」
刹那の勢いで驚愕の色が走る。
「不束者ですが、どうぞよろしくお願いします」
続いて反対側の腕にいるユラが体と頬をさらにくっつけた。
「あ、ああ、こちらこそ末永くよろしく頼む」
時雨は照れと困惑が入り乱れた表情で3色の木洩れ日が降り注ぐクリスマスツリーを見上げた。