Steife Brise
ダブル・パニック!

無邪気な乙女の笑い声とともに陽光のきらめきを帯びた水しぶきが宙に舞う。 ここは新宮寺家にある屋外プール。私有地にあるプールなので、当然のことながら限られ た人間しかいない。今ここにいるのは、この家の後継者である少年と同じ顔をしたふたり の少女だった。少女たちは外見が示すとおり双子の姉妹である。ただし、漆のような長髪 につけたリボンの色が異なっていたので、それでふたりを見分けることができた。赤いリ ボンをつけているのが姉の桜月キラ。青いリボンをつけているのが妹の桜月ユラである。 彼女たちは左右に分かれて立つと、そのあいだにいる少年に向かって楽しそうに水をかけ ていた。 「時雨君、えいっ!」 「時雨さん、それっ!」 少女たちが阿吽の呼吸で同時に水をかけると、時雨と呼ばれた少年は顔を手で隠し、防御 の姿勢をとった。 「やったな」 時雨は愛らしい挟撃が止むのを待ったあと、すかさず水をかけ返した。 「きゃっ、冷たい」 反撃を受けたキラが笑顔のまま短い悲鳴を上げる。 「えいっえいっえいっ」 すかさず再攻撃に移る。先ほどの倍以上の水しぶきが連続で時雨に襲いかかる。時雨はた まらず体をキラから逸らした。 「今よ、ユラちゃん」 「うん」 姉の合図を受け、今度はユラが攻撃を開始した。こちらも倍返しの水しぶきをお見舞いし、 時雨をずぶ濡れにした。 見事なまでの連携攻撃を受けた時雨は、ふたりから離れるべく泳ぎだした。ただし、追い つけるように手加減しているのは言うまでもない。ここで本気で逃げてはせっかくの楽し いひとときが台無しになってしまうからだ。 「あ、逃がさないわよ」 予想どおりキラが先陣を切って追いかけ、そのあとにユラが続いた。すぐに捕まっては面 白くないので、少しペースを上げる。そんな彼に対し、キラとユラは左右に分かれて追い すがる。どちらも楽しそうな表情を浮かべており、そんなふたりを見て時雨の顔からも自 然と笑みがこぼれた。 ───そろそろかな。 時雨は急激にペースを落とした。するとすぐさまキラの腕が左腕に絡みつき、時雨は泳ぐ のをやめ、その場に立ち止まった。ここまでは予定どおりだった。ところが、ここから先 が大きく違う展開となってしまった。 「捕まえたっ」 キラは得意満面の笑みを浮かべると、時雨の腕にしがみつき、そのまま自分の体のほうに 引き寄せた。その瞬間、時雨の左腕に濡れた水着の肌触りと同時に柔らかい感触が伝わっ た。そのマシュマロのような感触の正体がなんであるかすぐに気づいた時雨は、たちまち 顔を真っ赤にさせ、狼狽した。 「キ、キラ・・・あの・・・その・・・」 必死になって離れようと試みるが、それがかえって仇となった。キラがそうはさせまいと 余計体を密着させたからである。さらに女性の象徴を強く意識してしまうような状態とな って、時雨の顔は朱色に染まり、心臓が破裂しそうになるほど高鳴りだした。今まで同じ ように抱きつかれ、ドキドキしてしまうことは何度もあったが、今回はまた格別だった。 何しろ普段みたいに服越しではなく、薄い水着越しだからである。一糸まとわぬ姿のひと つ手前の状態なので、それだけで違いは歴然としていた。 「もう逃げられないわよ、時雨君」 「キラ、そんなに腕にしがみつくと・・・」 すっかり舞い上がってしまう時雨。 そんな彼に追い討ちをかけるように、今度は反対側の腕に遅れてやって来たユラの両腕が 絡みついた。しかも、悪いことにユラもキラと同じように体全体を使って時雨の腕を抑え 込むように抱きついたので、時雨の狼狽と動揺は2倍ではなく、2乗になってしまった。 「やっと捕まえることができました」 こちらも嬉しそうな顔をしている。 本来、ユラは内気な性格をしているのだが、時雨のことに関しては姉同様に積極的だった りする。恋は乙女を強くするという意味合いの言葉をよく耳にするが、これこそまさにそ のとおりだという事例だった。 「ユ、ユラまで・・・」 今度はさりげなく振りほどこうと試みるが、ユラも両腕に力を込めてその目論見を粉砕し た。こういうところは姉妹よく似ていると痛感させられた。 「ユラちゃん、絶対に時雨君の腕を放しちゃ駄目だからね」 「分かったわ。キラちゃんも時雨さんの腕を放さないようにね」 「もちろんよ。絶対に放したりしないわ」 キラとユラは互いに顔を見合わせたあと、一緒になって時雨の腕にしがみついた。この瞬 間、時雨が今までずっと保ち続けた理性が崩壊し、精神力が完全に尽き果てた。 「む・・・ね・・・が・・・」 時雨はそれだけ言うと、鼻から血を出しながら仰向けに倒れた。 「時雨君!」 「時雨さん!」 もうろうとする意識の中で彼が最後に見たのは、口もとに手を当て、大きく目を見開いた 双子の姉妹の顔だった。 時雨は無様な姿をさらしてしまった羞恥心と男としての歓喜が入り混じるという言葉では 表せない心境に陥りながら、派手な音と水しぶきを上げて水中の中に沈んだ。 こうして時雨の夏休みに、いろんな意味で忘れられない思い出がひとつ刻まれることとな った。