Steife Brise
第3幕 紅と蒼の邂逅

山吹色に染まるとあるビルの屋上で、ひとりの少女がフェンスの前に立っていた。 腰のあたりまで伸びている艶やかな黒髪。 強固な意志と冷たさを秘めた黒い瞳。 外見だけで判断すると、年は10代後半のように思えるが、その年齢とは釣り合わない落ち着きを持っていた。 黒髪の少女───小町つぐみは屋上から見える茜色の海に視線を注いでいた。 黄金色の輝きを放つ海原は、この時間帯ならではの幻想的な美しさをかもし出していた。 しかし、つぐみにとっては、その美しさなどどうでもいいことだった。 自然の美しさを堪能するなど興味の対象ではなかったからだ。 一陣の風が吹きぬけ、つぐみの長い髪を揺らした。 とそのとき、背後から鈴の音がして、つぐみは振り返った。 彼女の背後にいたのは、紺色の長い髪と澄んだ青い瞳をした10歳くらいの少女だった。 「そろそろ現れる頃だと思っていたわ」 つぐみは両腕を胸のところで組みながら静かな口調で話しかけた。 しかし、その冷淡な口調とは裏腹に、彼女の瞳には激しい負の感情が見え隠れしていた。 それは悲しみとも憤りともとらえることができる複雑な感情だった。 「あなたが私の前に現れたってことは、もうすぐってことよね。目覚めのときが・・・」 つぐみの意味深な発言に対し、青い瞳の少女は何も答えなかった。 つぐみは沈黙の時間を与えないように話を続けた。 「私はこのときを待っていたわ。あなたが目覚めるときを・・・それが私に与えられた最後で最大のチャンスだから・・・」 突き刺すような鋭いまなざしを少女にぶつける。 一方、少女はそんな視線など意に介さずといった感じで、無垢な瞳をつぐみに向けていた。 先ほどまでやんでいた風がふたたび吹いて、つぐみと少女の長い髪が宙を舞う。 そして、またもや鈴が鳴った。 「・・・あなたは私・・・私はあなた・・・」 不意に少女が消え入りそうな声を出した。 「・・・!」 少女の言葉を耳にしたとたん、つぐみの瞳に怒りの炎が宿った。 「違う!私は私よ!私はあなたなんかじゃない!あなたなんかと一緒にしないで!」 つぐみは激昂して少女に詰め寄った。 怒り・・・憎しみ・・・嫌悪・・・悲哀・・・ありとあらゆる陰の感情が心の中で渦巻く。 しかし、少女はそんな激情をぶつけられても、表情を何ひとつ変えなかった。 まるですべてを受け流すような感じで、じっとつぐみを見ていた。 そのとき、突然、少女の瞳が青い光を帯び、輝きだした。 すると、一瞬のうちにつぐみの立っている場所がビルの屋上から無機質な金属で作られた物々しい空間に変わった。 ───ここは・・・そうか、これはあの子が作り出した幻影の世界ね・・・ つぐみは、慎重に周囲を見回したあと、警戒しながら歩き出した。 通路は一本道で、ただまっすぐ伸びており、壁にところどころ機械的な外装が施されている以外、特に変わったところはなかった。 どれくらい歩いたか定かではないが、つぐみはやがて大きく開けた場所にたどり着いた。 そして、中央に立っている人影を見た瞬間、驚愕の表情を浮かべた。 ───そこにいるのは私・・・!? 一瞬、我が目を疑ったが、間違いなく目の前に立っているのはつぐみ本人であった。 髪も顔も背丈も服装もまったく同じで、まるで鏡を見ているような感覚に陥った。 「フフフ・・・」 もうひとりのつぐみは不敵な笑みを浮かべると、こちらに向かって駆け出した。 女性とは思えぬほどの速さで、みるみるうちにつぐみとの距離を縮める。 突然の偽者の登場に意表を突かれたつぐみは、その突進を避けることができず、相手に首をつかまれ、そのまま組み伏せられてしまった。 もうひとりのつぐみは、本物のつぐみの首を容赦なく絞めた。 外気からの酸素の供給を絶たれ、つぐみが苦悶する。 ───このままやられるわけにはいかない! つぐみは必死に腕を伸ばして偽者の首に手を当てると、渾身の力を込めた。 激しい怒りと憎悪の念が溢れ出し、灼熱の炎となってつぐみの瞳に宿る。 炎はとどまることなく、時間が経つにつれ、いっそう激しさを増した。 ───おまえなんか・・・おまえなんかにやられるぐらいなら・・・ つぐみは怒りと憎しみを殺意に変え、相手の首を絞め上げた。 しかし、それと同時に、自分の首にも同じぐらいの力が加わった。まるで自分の力をそっくりそのまま跳ね返しているかのように。 凄まじい抵抗を続けるつぐみであったが、次第に意識がもうろうとし始め、その数十秒後、完全に意識を失った・・・ それから数時間後─── つぐみが意識を取り戻すと、辺りの景色が先ほどまでいたビルの屋上に戻っていた。 「う・・・ん・・・」 地面に倒れていたつぐみは、ゆっくりと起き上がると、状況を確認するため、ぐるりと周囲を見回した。 すでに陽が落ち、すっかり夜になっていることと青い瞳の少女の姿がなくなっていることを除き、特に何の異変も感じられなかった。 「・・・私は自分に負けたのかしら・・・」 つぐみは一連の出来事を振り返りながら自問自答をしたが、当然のことながら答えはでなかった。 分かることといえば、自分自身との争いが、青い瞳の少女の手によって作り出された幻だということだった。 しかし、すべてが幻というわけではない。 絞め上げられる首の感触・・・ もうひとりのつぐみの首を絞める手の感触・・・ あのときに抱いた憎悪と殺意・・・ これらのことだけは、現実の世界に戻った今でもはっきりと残っていた。 「この借りは必ず返してみせる・・・目覚めを止めるために・・・すべてを終わらせるために・・・そして、私自身のために・・・」 つぐみは、その瞳に燃えるような激情と確固たる決意を宿しながら、漆黒のとばりが降りた空を見上げた。